塩原恒夫
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しおばら つねお
塩原 恒夫 |
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| プロフィール | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1963年6月12日(46歳) |
| 血液型 | AB型 |
| 最終学歴 | 福島県立会津高等学校 埼玉大学 |
| 勤務局 | フジテレビジョン |
| 活動期間 | 1987年~ |
| ジャンル | スポーツ |
| 出演番組・活動 | |
| 現在 | 『スポーツ中継』 『シネマホリック』など |
| 過去 | 『FNNスーパータイム』 『ニュースJAPAN』(リポート)など |
塩原恒夫(しおばら つねお、1963年6月12日 - )は福島県会津若松市出身のフジテレビアナウンサーである。現在、アナウンス室・スポーツアナ部長。福島県立会津高等学校を経て埼玉大学卒業後、1987年フジテレビに入社した。
目次 |
[編集] 来歴・人物
入社時からスポーツ番組に携わっており、2年先輩の三宅正治と並んで同局を代表する看板スポーツアナである。[要出典]
実家は酒屋である。趣味は映画鑑賞で年間100本以上は鑑賞するという。
1999年には第15回FNSアナウンス大賞の大賞を受賞している。
[編集] 競馬実況
- 長年競馬中継を担当しており、2005年には念願の日本ダービーを初実況(ディープインパクトが無敗でクラシック2冠を達成)。2007年の日本ダービーでは、64年ぶりとなる牝馬のダービー制覇の瞬間を伝えた。
- 最後の直線での口癖は、「~が(も)頑張っている!」。
- 競馬G1実況歴
- フェブラリーステークス - 1997年~1999年
- 皐月賞 - 2000年~2005年
- 優駿牝馬 - 1996年~2003年
- 東京優駿 - 2005年~
- 安田記念 - 1992年、1994年~1995年、2004年
- スプリンターズステークス - 1992年、1994年
- 天皇賞・秋 - 1995年、1998年~2005年
- ジャパンカップ - 2002年~2003年、2006年~
- 朝日杯フューチュリティステークス - 1991年、1993年、1995年~1996年、1998年~1999年、2004年
[編集] F1実況
- 1993年からF1中継を担当しており、こちらも10年以上続けている。F1中継の現役・過去に担当したアナウンサーの中でも最も長い。2002年からは日本グランプリの実況をCS放送も含めて8年間担当している。レーススタート前のポエムは恒例となっている。
- 2007年のヨーロッパグランプリにおいて、ラルフ・シューマッハがリタイアした際に「当てたのはどこのドイツなんだここはラルフの母国なんだ!」というダジャレまがいの発言をした。
[編集] 現在の出演番組
- スポーツ中継(野球、競馬、モータースポーツ、マラソン、フィギュアスケート、ゴルフ)
- シネマホリック(日本映画専門チャンネル)
- フォーミュラ・ニッポン(J SPORTS)
- フジアナスタジオ まる生(不定期出演)
[編集] 過去の出演番組
- FNSの日・FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島(第1回の提供読みを担当)
- FNNスーパータイム(リポーター)
- プロ野球ニュース
- オレたちひょうきん族(ひょうきんアナウンサーのピンチヒッターとしてまれに出演)
- 感動ファクトリー・すぽると!
- あしたのG(初代ナビゲーター)
- ニュースJAPAN(リポーター)
- トリビアの泉 ~素晴らしきムダ知識~(「トリビアの種」で実況がある場合の担当)
- 2006北海道マラソン スタート、ゴール実況を担当 吉田香織選手のゴール実況、渡辺共則と久保田満のゴール地点中島公園でのフィニッシュ対決、千葉真子のラストランなどの実況を行なっている。
[編集] エピソード
- 1998年の天皇賞(秋)でサイレンススズカがレース途中で骨折し、競走中止となった。その光景を目の当たりにした東京競馬場の大観衆が静まり返ってしまった瞬間を沈黙の日曜日と表現してアナウンスした。
- 2006年の全日本フィギュアでは中野友加里のショートプログラム登場シーンでSAYURIと中野を混同してしまった。
- 2007年の世界フィギュアでは「沈黙は金、塩原恒夫 わたしにもください無言の勇気 塩のポエムにまいっちんぐ」といった批判横断幕が張り出された。以降のフィギュアスケートの実況では以前ほどは選手の演技中にしゃべらなくなった。
- 2007年の日本ダービーでは、発走直後に「第74回東京ダービー、スタートが切られました!」と叫んだ(日本ダービーの正式名称は「東京優駿」であり、「東京ダービー」は南関東公営競馬の3歳クラシック三冠レースの1つである)。またこのレースのゲスト解説を務めた岡部幸雄を皇帝のお導きと紹介した。
- 2007年のジャパンカップの実況では直線で外にいた「ウオッカ、メイショウサムソン」の連呼で、内から完全に抜け出したアドマイヤムーンに気づかず、完全に先頭に立ってしばらくしてから「アドマイヤムーンも頑張っている!」と実況した。
- 2008年のジャパンカップでも最後の直線ではディープスカイの名前を連呼し、内で一旦先頭に立ったマツリダゴッホには一切触れず、勝ったスクリーンヒーローとディープスカイしか呼ばなかった。
[編集] 同期アナウンサー
- 笠井信輔
- 中井美穂(東京ヤクルトスワローズ元監督の古田敦也夫人)
- 青木美枝(現在は異動)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月4日 (水) 09:46 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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