塩野義製薬

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塩野義製薬株式会社
Shionogi & Company, Limited
種類 株式会社
市場情報
東証1部 4507
大証1部 4507
略称 シオノギ
本社所在地 〒541-0045
大阪府大阪市中央区道修町三丁目1番8号
電話番号 06-6202-2161
設立 1919年(大正8年)6月5日
業種 医薬品
事業内容 医薬品、診断薬などの製造・販売
主な商品を参照)
代表者 塩野元三(代表取締役会長)
資本金 21,279百万円
売上高 連結:196,388百万円
単独:183,388百万円
2006年3月期)
総資産 連結:427,682百万円
単独:415,740百万円
(2006年3月期)
従業員数 連結:5,058人 単独:4,397人
(2006年9月30日現在)
決算期 3月31日
主要株主 住友生命保険相互会社 5.30%
日本生命保険相互会社 3.74%
ザ チェース マンハッタン バンク エヌエイ ロンドン 3.54%
主要子会社 武州製薬株式会社
日亜薬品工業株式会社
関係する人物 塩野義三郎(創業者)
外部リンク www.shionogi.co.jp
特記事項:マスタートラスト所有の株式比率
日本マスタートラスト信託銀行株式会社 4.79%
日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社 4.35%
  

塩野義製薬株式会社(しおのぎせいやく 英称:Shionogi & Co., Ltd.)は、大阪府大阪市中央区道修町に本社を置く、日本の製薬会社である。「シオノギ」とも称する。

社名の由来は、創業者の塩野義三郎(しおの ぎさぶろう)に因む。マーク及び社章は“正確性の追求”に由来する分銅がモデルである。

目次

[編集] 概要

医薬品のブランド名としてはシオノギを用いている。創業は1878年(明治11年)3月17日で、会社の設立は1919年(大正8年)6月5日である。業務の90%が治療用の製薬が占めている。主力は、高脂血症治療薬・抗生物質・癌性の疼痛治療薬である。

医薬品業界における塩野義のイメージと言えば、「抗生物質(抗菌剤)」と「強力な営業部隊」である。

今でこそ、大手医薬品メーカーの中ではあまり目立たない業績に甘んじている同社であるが、かつて、抗生物質全盛の時代には、快進撃を続けていた医薬品メーカーであった(規模の点では昔から武田薬品工業が大きかったが、武田は幅広い分野に満遍なく製品を揃えるという全方位的なメーカーであると言う大きな違いがある)。しかしながら、近年、耐性菌の問題が取り沙汰され、抗生物質自体の売れ行きが鈍くなると共に、同社の成長も停滞した。

同社を語るにおいて、抗生物質と共に欠かせないのが強力な営業部隊の存在であった。往事、塩野義のプロパーと言えば、医者の為に限界まで尽くすことで知られた最強の営業部隊であった(営業職の給料も関西の医薬品メーカーの中では、一頭地を抜いていたとされる)。しかしながら、近年の公務員倫理規制の強まりや、若い医者の志向変化といった時代の波の中で、塩野義流の営業戦術の効果にも限界が出てきている。

かねてからアメリカのシェリング・プラウ(旧シェリング)社と提携関係にあり、日本法人が設立されるまで同社製品の販売を総代理店として手がけ、現在も同社からの導出製品の発売および共同販売をしているものがある。

[編集] スポンサー活動

[編集] ミュージックフェア

1964年の放送開始からフジテレビ系列の一部で、今日まで放送されている音楽番組『ミュージックフェア』(2001年4月7日から2008年9月27日までは『ミュージックフェア21』)のスポンサーを40年以上にわたって継続している。

長きにわたって企業CM主体で放送しており、1970年代からは、声優でナレーターの野田圭一 を起用し(2代目は仲村秀生)「シオノギはあなたの健康に奉仕するため、今日もたゆみない努力を続けています」との語り口で銘打ち、セデスA(現在はセデス)、ポポンS、パイロンカプセル(現在はパイロンS、なお風邪が比較的少ない冬以外の季節は放送がなかったこともある)の3つをセットで薬店で手に入る市販薬の宣伝をミニ・インフォマーシャルとしてオンエアしていた(ナレーションは宮崎総子(初代)、北浜晴子(2代目)が担当)。番組終了後はシオノギの社章である分銅マークについての説明を述べるCMという構成になっていた。やがて2001年に入り番組が『ミュージックフェア21』に変わると、同社のローマ字表記であるSHIONOGIから「SONG(ソング)」を取り上げた、歌とクスリをテーマにした「SONG For You(ソング・フォー・ユー)」という企業CMを放送中である(初代は三原徹司、現在は磯部弘がナレーションを担当している)。

蛇足ではあるが1970年代当時、日本のテレビ業界では、まだCMにおけるBGMの必要性を認識していた人物が少なかったことに加え、宣伝にも多額の費用がかかる時代だったこともあり、この番組でのシオノギの提供クレジットの読み上げや、CMは全て無音映像ならびに、スチル画像の連続による映像の構成、野田圭一と宮崎総子の2名によるナレーションのみで放送されていたため、CMに気味の悪さや恐怖を感じる人が数多くいたという(番組内で流れるCMは1984年の放送から、現在の放送まで一般的なCM放映に変わっているが、番組開始ならびに番組終了の際の提供クレジットの読み上げは2001年4月に「ミュージックフェア21」として土曜18時枠へ移動するまで、依然として無音ならびに固定画面映像という状況が続いていた)。

なお前述の『ミュージックフェア』のスポンサーを長くつとめていることもあり、フジテレビとの関係[1]は非常に密接で、『ミュージックフェア』以外にも、過去には『笑っていいとも!』や『クイズ!ヘキサゴン』などのスポンサーを担当したりもしている。

[編集] モータースポーツ

1992年1994年までF1チーム・ロータスのスポンサーとなり、1995年からは全日本F3000(翌年よりフォーミュラ・ニッポンに移行)のノバエンジニアリングのメインスポンサーを務め、「SHIONOGI TEAM NOVA」として1999年まで参戦している。

マシンには“SHIONOGI”のロゴが貼られていたが、“新ポポンS”という日本語のロゴを貼ることもあった。また、その当時の「ポポンS」のテレビCMにマシンの走行シーンを使用している。当時チーム・ロータスのドライバーだったミカ・ハッキネンジョニー・ハーバートがCMの走行シーンに登場している。

[編集] その他

同社が本社を置く大阪のFM局として知られる、FM802で土曜朝6時から12時まで放送されている『SATURDAY AMUSIC ISLANDS』で午前8時から9時半までのパート、「SHINOGI SOUND FREEWAY」のスポンサーを担当していた(1990年代から2005年頃まで?)。もともとFM802は関西のテレビ局、毎日放送が主要株主であることもあり(同社は関西の放送局の中では、毎日放送との関係が密接で、平日昼の時間にはCMが多数放送されてもいる)、その経緯でスポンサーを担当しており、また過去には毎日放送が制作していた『すてきな出逢い いい朝8時』のスポンサーを一時期担当していたこともある。

[編集] 主な商品

[編集] 医家向け

[編集] 大衆薬 (OTC)

ほか多数

[編集] 製造・研究拠点

[編集] 研究所

  • 中央研究所(大阪府大阪市福島区
    • かつては、工場だった。
  • 新薬研究所(大阪府豊中市
    • かつては神崎川工場だったが、摂津工場開設後は、研究所に建て替えた。
  • 医科学研究所(大阪府摂津市
  • 油日ラボラトリーズ(滋賀県甲賀市
    • 医療用医薬品の合成・探索・薬効評価を中心とした創薬研究、ならびに実験用動物の育成を行う。

[編集] 工場・事業所

  • 杭瀬事業所(兵庫県尼崎市
    • かつては医薬品製造の拠点だったが、新薬開発や治験薬製造を中心とした医薬品開発拠点へと転換を図っている。
  • 摂津工場(大阪府摂津市
    • バイアル注射剤をはじめ、シオノギ主力製品の製剤や小分包装などを行う。
  • 金ケ崎工場(岩手県胆沢郡金ケ崎町
    • 自社開発の抗生物質の原末から製剤・包装までの一貫製造と、開発された抗生物質の新薬のパイロット製造を行う。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ フジテレビでは『ミュージックフェア』の他に、1963年から1967年頃まで放送されていた『シオノギ劇場』でもスポンサーを担当している。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月12日 (土) 14:22 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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