増田英彦
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| 増田英彦 | |
|---|---|
| 本名 | 同じ |
| 生年月日 | 1970年2月9日(39歳) |
| 出身地 | 大阪府守口市 |
| 血液型 | O |
| 身長 | 160cm |
| 方言 | 関西弁 |
| 最終学歴 | 関西外国語大学外国語学部 |
| 出身 | 松竹芸能タレント養成所 |
| コンビ名 | ますだおかだ |
| 相方 | 岡田圭右 |
| 芸風 | 漫才、コント |
| 立ち位置 | 右 |
| 事務所 | 松竹芸能 |
| 活動時期 | 1993年 - 現在 |
| 同期 | オセロ |
| 現在の代表番組 | テレビでハングル講座 かんさい情報ネットten! アップ&UP! |
| 過去の代表番組 | 特に無し |
| 配偶者 | 既婚 |
| 公式サイト | ますだおかだ増田Official Site |
| 受賞歴 | |
| M-1グランプリ 2代目グランプリ | |
増田 英彦(ますだ ひでひこ、1970年2月9日 - )は、大阪府守口市出身の漫才師。ますだおかだのボケ担当だが、バラエティー番組などでは、(相方の岡田がかなりの天然キャラのため)ツッコミに回る事が多い。相方は岡田圭右。松竹芸能所属。
目次 |
[編集] 経歴
- ジャリズム・渡辺鐘(世界のナベアツ)は中学校のクラスメートである。芸歴はナベアツの方が1年先輩であるが、中学校の同級生である為、プライベートでも仕事場でも『あつむ』と呼ぶ。また、2001年のM-1グランプリで優勝した中川家の二人は小学校・中学校の1年後輩(剛)・2年後輩(礼二)にあたる。
- 大阪電気通信大学高等学校を卒業後、関西外国語大学短期大学部に入学。その後関西外国語大学外国語学部に編入学し、同大学を卒業。
- 大学卒業後は新大阪の広告代理店大広に勤務していた(阪神タイガースのカレンダーのローマ字確認をやっていた)。その時に一緒に働いていたのは俳優の佐々木蔵之介。当時は同期入社だった為、佐々木の方が2歳上だが、『佐々木』と呼んでいた。その後短大時代から芸能界行きを誘っていた岡田圭右を口説き落とし、会社を退職して、松竹芸能タレント養成所に入所。
- 1993年岡田圭右とコンビ結成。同期にはオセロがいる。吉本興業では大阪NSC11期生と同期にあたる。
- 1997年に大学時代の後輩の一般女性と結婚。しかし所属事務所から「芸人として一人前になるまでは結婚するな」と言われていたため、この事実はM-1グランプリ優勝後の2003年2月まで事務所はおろか相方の岡田にすら知らせていなかった。
- 相方の岡田はヘキサゴンファミリーに所属し、番組プロデュースで歌手デビューも果たしているが、増田は2009年2月を最後に出演しておらず、ヘキサゴンファミリーとして扱われていないようである。(それまでも出演回数は相方に比べて少なかった。)
[編集] 特徴・性格
- 家族構成は妻と娘が二人。
- かりあげヘアスタイルがトレードマーク。
- 漫才師になる際、ずっと岡田を相方にと3年間口説き続けた(正確には3年間に2回。2回目にやっと相方となった)。岡田以外には誰も誘うことはしなかった。かなり岡田に拘っていたらしく、就職先の上司が岡田に見えたという。
- 2002年に『M-1グランプリ』で見事優勝し、1000万円を獲得し、感極まって涙を流した。その後、バラエティ番組にも多数出演し大ブレイクする。
- 優勝直後のシャンパンファイトでコメントを求められ、「テレビに出てるだけが面白い芸人じゃありません。ライブにはいっぱいおもろい芸人がいます!TVだけでなく、皆さんライブを見に来てください!」という熱い名言を残す。
- 2001年のM-1で優勝を逃して漫才をやめようかと本気で思い、ハイヒールリンゴに相談したことがある。
- 同じ事務所の先輩酒井くにお・とおるの漫才のネタを書いたことがある。またオセロのネタも書いた事がある。
- 芸能活動のうち、特に漫才とラジオに深い思い入れがあるようである。
- 下ネタ好きであり、ある程度下ネタが許される深夜ラジオでは下ネタをよく言い、岡田につっこまれる。
- 相当な潔癖症であり、相方とは対照的にアクセサリーは苦手で結婚指輪も全くしない。
- 食事についても好き嫌いが激しく、魚類やウニ、帆立、牛乳などが苦手。
- 酒・タバコが大の苦手。しかし梅酒とキューバリバーはいけるらしい。コンパに誘われても一切参加しないらしい。和田アキ子に飲みに誘われた時も、相方の岡田とともに、ビール5杯程度しか飲めなかったという。
- 『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』の10m高飛び込みでは相方の岡田に飛んでもらうなど体当たり系の企画も苦手。オファーは基本NGらしい(『はねるのトびら」』出演時に発覚)。
- 乳首が弱点。衣装が触れただけでも気持ち悪いので、たまにニップレスを着用している。2009年1月27日放送のMBSラジオ『MBSサウンドキングダム』で、コーナーの最後にWikipediaのこのページが紹介され、増田は「ニップレスなんか着けてるわけないやろ」とニップレスの着用を否定したが、「乳首を触られるのを想像するだけで嫌になる」と発言した。さらに乳首とお尻が綺麗ということを告白した。
- 初体験は19歳ということが明らかになった。相手は当時アルバイトをしていたコンビニ、サンチェーン(現 ローソン)で知り合った女の子だという。
- 熱烈な『北の国から』マニアであり、内容や台詞を事細かく覚えていることはもちろんこと、ドラマの中に出てくる細かい部分や音楽、ロケ地にまつわる情報まで知っている。ロケ地巡りが趣味で写真にも収めている。中には電柱の写真もあり、そこがどこの場面で登場したものかもすぐに説明が出来る。また主人公・黒板五郎のモノマネが得意である。
- 韓流ドラマに精通しており、『冬のソナタ』が大ブームを巻き起こす一年前から、ラジオ番組で一押ししていた。また、チェ・ジウの大ファンで、彼女主演のドラマ『天国の階段』DVDでは、NG場面の吹き替えも行っている。
- ポエムが趣味で、2004年7月には詩集を出している。
- 浜田省吾の大ファンで、ファンクラブにも入っている。携帯電話には浜田省吾からの留守番電話メッセージを、ずっと消去せずに保存しているという。
- 歌唱力があることで知られており、2008年6月11日に「増田政夫」名義で歌手デビューした。デビューシングルは「淡路島」。本人が作詞作曲を手がけた。「増田政夫」は増田の亡き父親の名前。兵庫県淡路島は、増田の父親の生まれ故郷である。ますだおかだのオールナイトニッポンの企画で香田晋に作詞提供される予定だったのが自らボーカルを担当しCD化される事になった。2008年には、関西テレビのミニ番組『こどものうた』で4月度マンスリーソング「大仏なら…」の作詞作曲を手がけ、曲中のラップも担当した[1]。
- 相方の岡田と共に熱心な野球ファンとして知られている。阪神タイガースファンであり、オリックス・バファローズファンである相方岡田を馬鹿にしている。
- 新日本プロレス、アントニオ猪木の熱狂的ファンで、リングアナを目指していたという噂もある。大阪府立体育会館で、相手の技をモロに受け続ける木村健吾に「健吾!あやまれ」と野次を飛ばし、笑いをとっていたらしい。受け狙いの野次が得意であった。
- 高校時代、『エンドレスナイト』のハガキ職人だった。
- 長女を叱っている最中、彼女が増田の相方である岡田の「閉店ガラガラ」のギャグをやったという(本人談・2008年6月10日毎日放送『痛快!明石家電視台』より)。
- 村田英雄のファンで追っかけをやっていた増田の母親が「英雄」と名付けようとしたが、それに嫉妬した父親が固辞したため、英の字だけを残して「英彦」と命名されたらしい。(2009年4月15日放送『アップ&UP!』より)
- 『爆笑オンエアバトル』に愛着を持っている。ブログにて「抜かされた連勝記録を抜かしたい」なども書いている。
[編集] 出演番組
- テレビでハングル講座(NHK教育、2009年4月1日 - )
- かんさい情報ネットten!(読売テレビ、2009年4月1日 - ) - 水曜レギュラー
- アップ&UP!(関西テレビ、2009年4月6日 - )
[編集] ものまねレパートリー
ものまねも上手く、漫才中にものまねを入れるときもある。
など
[編集] 関連項目・人物
[編集] 脚注
- ^ ますだおかだ・増田「大仏なら…」披露“賞狙う” スポーツニッポン 2008年4月3日
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月27日 (金) 01:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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