壬生寺
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| 壬生寺 | |
|---|---|
![]() 境内 |
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| 所在地 | 京都府京都市中京区坊城通仏光寺上ル |
| 位置 | 北緯35度0分5.76秒 東経135度44分36.02秒 |
| 宗派 | 律宗大本山 |
| 本尊 | 地蔵菩薩(重要文化財) |
| 創建年 | 991年(正暦2年) |
| 開基 | 快賢 |
| 正式名 | 心浄光院 宝憧三昧寺 |
| 札所等 | 洛陽三十三所観音霊場28番(中院) |
| 文化財 | 木造地蔵菩薩立像、錫杖、列仙図屏風、大念仏堂(重要文化財) 壬生狂言(重要無形民俗文化財)、壬生六斎念仏踊り(重要無形民俗文化財) |
盂蘭盆の万灯会
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壬生寺(みぶでら)は、京都市中京区壬生にある律宗大本山の寺院である。本尊は地蔵菩薩、開基は園城寺(三井寺)の僧快賢である。中世に寺を再興した円覚上人による融通念仏の「大念仏狂言」を伝える寺として、また新選組ゆかりの寺としても知られる。壬生寺は通称で、寺号を宝憧三昧寺、院号を心浄光院という。
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目次 |
[編集] 起源と歴史
園城寺(三井寺)の僧快賢が、991年(正暦2年)に自身の母のために建立したとされる。京都では珍しい律宗(総本山は奈良・唐招提寺)寺院である。
中世に融通念仏の円覚上人が中興。重要無形文化財の融通念仏による壬生の「大念仏狂言」は円覚上人が始めたものと伝えられる。
江戸時代後期の幕末には京都の治安維持を目的に活動した新選組(当初は壬生浪士組といった)の本拠が壬生村の八木家に置かれた。その縁で境内には局長近藤勇の銅像や、新選組隊士の墓である壬生塚がある(近藤勇の墓とされるものは、当所以外にも会津若松市、三鷹市などに存在する)。
当寺旧本尊の地蔵菩薩半跏像(鎌倉時代後期の作)は、「壬生地蔵」と呼ばれ信仰を集めていたが、1962年(昭和37年)7月25日、放火により本堂とともに焼失した。現在の本尊・地蔵菩薩立像は、火災後に本山の唐招提寺から移されたものである。
[編集] 境内
旧本堂は1962年、放火で全焼し、現在の本堂は1970年(昭和45年)の再建である。境内には他に大念仏堂(狂言舞台、重要文化財)、近藤勇銅像、壬生塚、千体仏塔 (パゴダ様式の仏塔に1000体の石仏を円錐形に安置したもの)などがある。
[編集] 文化財
- 重要文化財
- 木造地蔵菩薩立像(唐招提寺旧蔵、平安時代)
- 錫杖(しゃくじょう)
- 列仙図屏風
- 壬生寺大念仏堂(狂言舞台)
1962年の火災で旧本尊・地蔵菩薩半跏像(鎌倉時代)、四天王立像(鎌倉時代)、正嘉元年(1257年)銘の金鼓(お堂の前に吊るす「鰐口」のこと)などの寺宝を焼失した(地蔵像、四天王像、金鼓はいずれも当時重要文化財)。
壬生寺で演じられる壬生狂言、壬生六斎念仏踊りが重要無形民俗文化財に指定されている。
[編集] 行事
- 壬生狂言
詳細は「壬生狂言」を参照
壬生狂言は、毎年節分と4月、10月に京都市 中京区の壬生寺(みぶでら)で演じられる無言劇である。大念仏狂言(だいねんぶつきょうげん)とも呼ばれる。重要無形民俗文化財に指定されている。
- 壬生六斎念仏踊り
詳細は「壬生六斎念仏踊り」を参照
壬生六斎念仏踊りは、主に8月の盂蘭盆の時期に行われる郷土芸能であり、重要無形民俗文化財である。年中行事としてかつては、毎年8月9日の精霊迎え火、16日の精霊送り火、23日の地蔵盆に壬生寺で上演されていたが、現在は9日にのみ実施されている。
- 地蔵盆時の出開帳
また壬生寺は、地蔵菩薩を本尊とする寺として、地蔵盆の際に地蔵の石仏を貸し出す、俗称「レンタル地蔵」を行っている事でも知られる。
京都でも新興住宅地などでは、地域の地蔵が無く地蔵盆が行えない事がある。この場合は宗教色を薄めた「夏祭り」とする所もあるが、地蔵を借りてきて地蔵盆を行う所もある。 壬生寺の場合は、明治時代から京都各地の区画整理などに伴って祀れなくなった石仏が、多数引き取られており、これを出開帳の形式をとって希望する各町に貸し出しているのである。
[編集] 関連項目
[編集] アクセス
京都市バス28系統 壬生寺道下車 徒歩1分
阪急電鉄京都線「大宮駅」、又は京福電気鉄道嵐山線「四条大宮駅」から徒歩で約5分








