二部 (大学)
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大学教育における二部とは、午後6時~午後9時頃に講義を行う「学部第二部」のこと。
[編集] 概要
一部(昼間課程)の専任教員が、二部(夜間課程)の講義を兼務するため、一部の講義が終了する午後6時から午後9時頃までの、一日2時限の講義が行われる。(二部制の大学の時間割例:[1][2][3])
学部名の後に「第二部」を付け『○○学部 第二部』とする大学が多いが、学部名の前に「第二」をつけ、稀に『第二 ○○学部』とする大学もあった。
二部は、独立した「学部」として専任教員を確保していない為、「一部」の専任教員が「二部」の講義を担当する(但し理科系の場合は、実習のため、学生が各研究室に配属されることから、小規模ながら専任教員を擁する(例:東京理科大学))。一部と二部で教員が重なることを利用し、二部と一部で相互履修を可能とする大学もある[1]。 学部長についても、独立した学部ではないため原則として学部長は置かれず、一部の学部長が二部の学部長を兼務する。独自の教授陣や学部長を持たないことから、独立した「教授会」を持たず、「一部」との『連合教授会』として「位置部」の教授会に包摂される。[2]
[編集] 過去と現在
戦前から既に、旧制大学で、夜間の時間帯にも講義が行われていた。また、戦前の旧制専門学校などでは、黎明期の戦前から夜間教育という伝統を有していた学校(非大学)が数多く存在し、戦後の学制改革により、東京理科大学や青山学院大学のように新制大学としての認可を得て、大学へと昇格した学校も少なくなく、これらの学校では新制大学への移行とほぼ同時に「二部制」を採用した。東京理科大学では新制大学の認可が下りた1949年に、青山学院大学では新制大学認可の翌年1950年に「二部制」を採用している。この様に第二次世界大戦後『二部制』をとる大学が現れるようになった。
太平洋戦争期、大学を含む多くの校舎は、空襲等により罹災したり、軍の施設や戦時物資の生産工場への転用がなされていた。加えて、戦後の建築資材の不足と財政事情により、日本の教育現場は、戦後しばらくまでのあいだ、『青空教室』に見られるような、慢性的な校舎不足・設備不足に悩まされた。(太平洋戦争による『教育施設の罹災状況』:[4])
校舎の復旧・整備については、まず、『6・3制』が導入された小中の義務教育にその予算が割かれ[3]、国の財政事情から、私立の設備については設置者による自己負担が原則とされ、国公立についても義務教育のそれが優先されたため、大学は後回しとされた。よって、大学の校舎・設備の復旧・整備は遅々として進まなかった。そのような状況にもかかわらず、戦後の人口増加に進学率の上昇が加わり、大学生の数は急拡大を続けたため、大学の校舎設備や専任教員の補充が、これに追いつかなかい事態が恒常化した。このような問題への解決策として採用されたのが二部制であった。大学を『二部制』とすることにより、より多くの学生を、同じ施設に収容することが可能となり、収容定員の拡大が可能となった。加えて、学生にとっては、「一部」と同じ教授陣の講義が、負担の少ない授業料で受講できるといった利点が有り、教育の機会均等を保障する上でも大きな役割を果たした。
同様の理由により、初等教育のみならず、中等教育や専門学校等においても、人口増や進学率の上昇に対応する目的で、『二部制』が広く採用された上、午前・昼間・夜間の『三部制』を採る学校も珍しくなかった。同様に、第2次大戦による校舎設備の罹災に、戦後の修業年限の延長が重なり、慢性的な校舎・設備不足に悩まされた西ドイツでも同様に、『二部授業』は採用された。現在では、生徒数の増加という理由からではなく、就学形態の多様化といった新たな時代の要請に応えるかたちでの「二部制」・「三部制」などの『多部制』を採用する高校が少なくない。(多部制(三部制)の例:[5])
大学については近年の少子化により、上述のような「二部制」とすることで、より多くの学生を収容する必要が無くなったことから、教職員の負担軽減・効率化のため、これを廃止する大学が目立っている。二部の学部は、専任の教授陣を持たず、教授会を持たないことから、リストラが容易で、少子化や国公立大学の独立行政法人化の流れの中で、経費節減目的のリストラ対象となり易い。中には、その役割を存続させるため、一部に『コース制』を導入し、その中に『夜間主コース(夜主)』、『夜間特別枠』という、新たな学生区分を設け、その機能を維持しようと努力する大学が多く見られるものの、ここ数年の学部廃止傾向は顕著である。MARCH (学校)と称される首都圏有名私立大学(明治・青山・立教・中央・法政大学)のうち立教大学を除く、全ての大学では、ごく最近まで第二学部を擁していたものの、この数年で、それら全ての学部が廃止されたか、または学部廃止が決定している。[4]
[編集] 脚注
- ^ 東洋大学の場合、「一部・二部・通信教育部」の「三部間相互聴講」という制度をもつ。
- ^ 『第一・第二文学部連合教授会声明』 早稲田大学
- ^ 『我が国の教育経験について― 学校施設』 文科省
- ^ 『学部第二部の閉鎖年度について』 法政大学
最終更新 2009年11月16日 (月) 15:47 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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