大乗院 (鹿児島市)

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大乗院(だいじょういん)はかつて鹿児島市清水町に存在していた真言宗の寺。

[編集] 沿革

もともとここには守護大名島津氏が本拠としていた清水城が存在していたが、この城が手狭になり内城に移った後に建てられた寺が大乗院である。島津氏縁の場所に建つ寺院として歴代の藩主の尊崇が厚く、一乗院と真言宗藩内首座を争った寺院であった。

しかし明治2年の廃仏毀釈の時、それが災いして最初にターゲットとされ破壊された寺となった。その跡には11世貫首・覚山の墓と門前の大乗院橋という石造橋のみが残されていた。この大乗院橋は天保13年に肥後国の石工・岩永三五郎が作ったという屈指の名橋であったが平成5年1993年)の鹿児島大水害(8.6水害と言われる)により流されてしまった。現在跡地は鹿児島市立清水小学校となっている。

他には鹿児島県歴史資料センター黎明館島津義久が奉納したという「釈迦八相図」が、坊津歴史資料センターにこの大乗院の物であったという板戸が残されている。また鹿児島市立美術館構内にある「じめさあ」とよばれる石像は元々この大乗院の持ち物だったが、廃仏毀釈後行方不明になっていたのを1929年に当時の鹿児島市長が鹿児島城跡より発見した物だという。

ちなみに大乗院自体はその後明治29年鹿児島市長田町に「最大乗院」と名前を変え高野山の説教所として再興された。

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最終更新 2008年7月6日 (日) 03:09 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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