大八賀村
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大八賀村(おおはちがむら)は、岐阜県大野郡にあった村である。
現在の高山市の一部であり、平成の大合併以前の高山市東部に該当する。宮川支流の大八賀川沿いの村であった。
目次 |
[編集] 歴史
- 1695年(元禄8年) - 飛騨国が天領となる。
- 江戸時代末期、この地域は飛騨国大野郡大八賀郷であった。
- 1871年(明治4年) - 廃藩置県により、飛騨国一円は筑摩県となる。
- 1875年(明治8年)1月31日 - 大野郡灘郷、大八賀郷のうち23ヶ村[1]が合併し、大名田村となる。
- 1876年(明治9年)8月20日 - 筑摩県のうち、旧・飛騨国の地域が岐阜県に編入される。
- 1892年(明治25年)5月19日 - 大名田村が分立。大名田村[2]、灘村[3]、大八賀村[4]となる。
- 1955年(昭和30年)4月1日 - 高山市に編入される。
[編集] 学校
- 大八賀村立大八小学校 (1965年高山市立東小学校に統合)
- 大八賀村立岩滝小学校 (現・高山市立岩滝小学校)
- 大八賀村立大八中学校 (1977年岩滝中学校と統合。現・高山市立東山中学校)
- 大八賀村立岩滝中学校 (1977年大八中学校と統合。現・高山市立東山中学校)
[編集] その他
- 1937年に建築された旧大八賀村役場は、高山市松之木町に現存(民間所有)し、2007年に高山市の文化財に指定されている。
- 村名は「おおはちがむら」が正しい。平凡社、角川書店の地名辞典では「だいはちがむら」とされているが、誤りである。
[編集] 脚注
- ^ 上岡本村、松本村、下岡本村、桐生村、本母村、冬頭村、片野村、石浦村、千島村、花里村、西之一色村、七日町村、江名子村、三福寺村、松之木村、五名村、漆垣内村、大洞村、塩屋村、山口村、大島村、岩井村、滝村
- ^ 片野村、石浦村、千島村、花里村、西之一色村、七日町村、江名子村
- ^ 上岡本村、松本村、下岡本村、桐生村、本母村、冬頭村
- ^ 三福寺村、松之木村、五名村、漆垣内村、大洞村、塩屋村、山口村、大島村、岩井村、滝村
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年10月18日 (日) 21:30 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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