大分ヒートデビルズ

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大分ヒートデビルズ
原語表記 大分ヒートデビルズ
愛称 デビルズ
チームカラー デビルズブルー
創設年 2004年
所属リーグ 日本の旗 bjリーグ
本拠地 大分県別府市
アリーナ ビーコンプラザ
収容人数 8000人
代表者 三牧雅明
ヘッドコーチ ブライアン・ロウサム
優勝歴 {{{優勝歴}}}
公式サイト 公式サイト
ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ
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大分ヒートデビルズ(おおいた-、英語名 Oita HeatDevils)は、日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)に所属するバスケットボールチーム。本拠地は大分県別府市。運営母体は株式会社大分ヒート。2009年8月設立。ホームアリーナはビーコンプラザおよびべっぷアリーナ

目次

[編集] 概要

チーム名の「ヒートデビルズ」は、地元の別府温泉の「熱」とファン(ブースター)の熱気、有名な観光スポット「別府地獄めぐり」の「地獄」の番人「閻魔様」ならぬ、鬼=「デビル」をイメージした造語。チームカラーは「デビルズ・ブルー」。チームのマスコットキャラクター「DeeDee君(ディーディー君)」は、赤鬼の姿をしている。

[編集] チームカラー

  • チームカラーはデビルズブルー。

[編集] ユニフォームスポンサー

[編集] 過去のユニフォームスポンサー

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  • みやこプロジェクト(パンツ)

[編集] ユニフォームサプライの遍歴

  • 2005~OZAKI

[編集] チームの特徴

  • アンディー・エリスクリス・エアーといったビッグマンを揃えつつも、ボールを持ったら相手陣内に入って得点を狙う走るバスケを展開している。しかし、ゲーム終盤に息切れし、相手に大量失点を許す試合が多い。08-09シーズンは与那嶺翼をPGに据えたが、エリス、エアーら外国人を総替えし、三友康平青木勇人ら主力日本人も抜けたため、プレイオフに進出した06-07シーズンの布陣と比べてかなり貧弱な顔ぶれとなってしまっている。また、シュート力の低い選手が多く、得点の上がらない一つの要因になっている。

[編集] アリーナでの演出

  • かつて大分ヒートデビルズに在籍していた相手チームの選手を大き目の声で紹介している。
  • 選手がゴールを決めると、選手が事前にリクエストした曲を流す。例えば、鈴木裕紀がゴールを決めた場合DJ OZMA純情 〜スンジョン〜」を流す。

[編集] 歴史

2005-2006シーズン

初年度の2005-2006シーズン、ヒートデビルズの布陣ではセンターのヒューズやフォワードのハートマンらが高さのあるフロントラインを構成していた。長距離シュートを得意とするホプキンスもチームの得点源。フォワードの栗野はドラフトで全体1位指名を受けて入団した。

初年度前半はチーム成績が低迷し、ヘッドコーチのジョワン・オールドハムがシーズン途中で解雇された。代わってアシスタントコーチだった桶谷大がヘッドコーチ代行に就任した。以降はチーム成績が上向いたものの最終的には15勝25敗と4位の仙台89ERSと3ゲーム差がつき、プレイオフ出場を逃した。ガードの鈴木裕紀はスリーポイントシュートの成功率でリーグ首位に立ち、ベスト5に選ばれた。

2006-2007シーズン

2006-2007シーズンは桶谷ヘッドコーチの下、プレイオフ進出を果たす。1stラウンド(準決勝)では大阪エヴェッサに敗れるも63-69と大健闘を見せ、3位決定戦で新潟アルビレックスBBを下しシーズン3位となった。

2007-2008シーズン

2007-2008シーズンを前にエクソンモービルの元会長、ローレンス・ロール氏の長男で個人投資家であるビンス・ロール氏が資本参加。増資した3048株(1株5万円)のうち1700株を取得。発行済み株式(3918株)における持ち株比率は43.4%となり、1816株(46.4%)を所有する矢野裕史社長に次ぐ大株主となる。外国資本による日本国内のプロスポーツチームへの直接出資は初めてとなる。

シーズンは新規参入の琉球ゴールデンキングスライジング福岡に初勝利を献上するなど、苦戦を強いられる。大阪、高松が上位争いをしている間に、福岡とのプレイオフワイルドカード争いに巻き込まれる。大分は一時は大きく突き放すが、終盤に失速。福岡が3位でプレイオフワイルドカード争いの座を経た。福岡は高松にも勝ち、プレイオフに進出した。シーズン終了後、2007-2008シーズン終了まで契約を結んでいたヘッドコーチの桶谷大が成績不振と本人の希望より、早期解任が決定した。

2008-2009シーズン

今年から国体の成年バスケットボール競技にbj選手にも出場が認められることになり、2008年の大分国体には与那嶺、君塚、佐藤の3選手がbj選手として初めて出場した。しかし、1回戦で福島県代表に敗れた。 ヘッドコーチには、桶谷に代わり昨シーズンまでプレイングアシスタントコーチ(選手とアシスタントコーチを兼任)だった小川忠晴が就任。フリーエージェントによる移籍で新潟アルビレックスBBから佐藤公威を獲得し、外国人は昨シーズンのメンバー全員を入れ替えた。ライジング福岡から移籍したジェフリー・プライスをはじめ、2mを超える長身の選手を揃えた。

しかし財政難から3年続けてドラフト指名を見送り、練習生であったセネガル人選手も日本バスケットボールリーグ2部機構のチームと契約した。また、昨年までプレイしていた、三友康平青木勇人ら日本人選手は他のbjのチームやJBLのチームへ移籍、もしくは現役を引退、クリス・エアーアンディー・エリスら外国人もチームを去り、10人という少数精鋭でシーズン開幕を迎えた。

昨シーズンまでのチームとは一変し、スケールダウンした戦力の大分は富山グラウジーズ滋賀レイクスターズには勝ち越したものの、ライジング福岡に1勝した以外は全敗、特に12月以降は6連敗、9連敗、15連敗と苦戦を強いられた。(この間の連敗を止めた相手はいずれも滋賀だった)得点力が上がらず、平均得点が2桁以上だったのは前出のプライスを含む外国人3人だけ、平均得点でも埼玉ブロンコスや滋賀レイクスターズよりも2点以上下回った。勝ち星も昨シーズンの19勝から半分以下の8勝で、その過半数の5勝は滋賀からあげたものだった。

08-09シーズンは対戦相手よりも財政難、経営難という敵に苦しめられたシーズンであった。チーム経営はいまだに苦しく、3年間で約2億の赤字を計上しているとされ、さらにロール氏からの出資も打ち切られている事も判明し、チーム経営には予断を許さない状況である。対策として、レプリカジャージや当日自由席引換券6枚、当日割引券3枚などがついた360°ブースタープロジェクトとして、ブースタークラブ入場者3000人、平均観客動員数3000人を目標とした。2008年12月に旧運営会社である大分バスケットボール・コミュニケーションから、株式会社大分ヒートデビルズに事業を引き継ぐことになった。新会社に引き継いだ初年度の経営は約3500万円の赤字で、経営改善は見られたが、未だに経営は苦しい状態である。

2009-2010シーズン

経営不振が続いて09-10シーズンのリーグ継続参加も危ぶまれてはいたが、2009年6月11日に再度新会社を設立して経営権を移すことを前提に継続参戦を認められた。8月に新たな運営会社として「株式会社大分ヒート」に引き継がれ新体制の下、再出発を図る。

ヘッドコーチには元NBAプレイヤーで東芝でのプレー経験もあるブライアン・ロウサムが就任。

[編集] 主な成績

年度 レギュラーシーズン 最終結果 HC 備考
勝率 ゲーム差 得点 失点 得失点差 順位
2005-06 15 25 0.375 16.0(3.0) 80.3 84.3 -4.0 5位 5位 ジョワン・オールドハム
桶谷大(代行)
bjリーグ初年度
2006-07 22 18 0.550 7.0 82.6 81.2 +1.4 4位 3位 桶谷大
2007-08 19 25 0.432 7.0(3.0) 84.3 86.4 -2.1 西4位 -
2008-09 小川忠晴

ゲーム差は()外は1位、()内はプレイオフ圏との差をそれぞれ表している

[編集] 個人別タイトル

[編集] スタッフと選手

[編集] スタッフ

役職 名前
ヘッドコーチ ブライアン・ロウサム
通訳兼マネージャー 土井敦史

[編集] 選手

No. 名前 P 生年 身長、体重 出身 前所属
0 佐藤博紀 SG 1982年 185cm、85kg 千葉県 大塚商会
8 平井崇士 G/F 1977年 190cm、87kg 福岡県 ライジング福岡
3 鈴木裕紀 PG/SG 1977年 181cm、70kg 神奈川県 新潟アルビレックスBB
10 牧ダレン聡 PG 1979年 175cm/75kg 米国・カリフォルニア州 東京アパッチ
11 レミントン・チャン G/F 1983年 192cm/92kg 米国・ハワイ州 イロコスサー・ブレイブハーツ(フィリピン)
14 ラシャード・シングルトン C 1987年 213cm/120kg 米国・ジョージア州 ニューヨーク・ニックスサマーリーグチーム(アメリカ)
15 マイク・ベル F 1982年 205cm/106kg 米国・バージニア州 ハーバーヒート(ニュージーランド)
23 佐藤公威 G 1984年 186cm、84kg 新潟県 新潟アルビレックスBB
24 リッキー・ウッズ G/F 1984年 198cm/95kg 米国・ルイジアナ州 Atlas Stal Ostrow Wielkopolski(ポーランドDBEリーグ)
28 小原匡博 G 1982 171cm、67kg 東京都 千葉ピアスアローバジャーズ
55 君塚大輔 G/F 1983 188cm、75kg 神奈川県 順天堂大学

[編集] 過去の所属選手

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年10月31日 (土) 11:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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