大分県教育委員会汚職事件

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大分県教育委員会汚職事件(おおいたけんきょういくいいんかいおしょくじけん)とは、2008年に発覚した、大分県教育委員会教員採用試験における汚職事件のことである。

当事者である大分県教育委員会が「大分県教員採用選考試験等に係る贈収賄事件」などと表記するほか、「大分県教育委員会教員採用試験汚職事件」「教員採用汚職」などの表記も用いられる。

以下、本項において特別に断わりのない限り、大分県教育委員会教育庁警察などについて記す。

目次

[編集] 事件発覚の経緯とその後の主な推移

[編集] これまでの主な経緯

※ 肩書きはいずれも当時のもの。

  • 2008年6月14日 大分県警が、2008年度の教員採用試験(2007年実施)をめぐりわいろの授受があったとして、大分県教育委員会(以下、県教委と略記)義務教育課参事・江藤勝由を収賄容疑で、佐伯市立蒲江小学校の現役校長・浅利幾美、県教委義務教育課参事・矢野哲郎、矢野哲郎の佐伯市立小学校の現役教頭の矢野かおるの3人を贈賄の容疑で逮捕する。
  • 7月4日 大分県警が、2007年度の教員採用試験(2006年実施)でわいろを受け取ったとして、県教委の元教育審議監で由布市教育長・二宮政人を収賄の容疑で逮捕する。
  • 7月5日
    • 大分県警が、2007年度の教員採用試験をめぐり金銭の授受があったとして、江藤を収賄の容疑で、矢野哲郎・かおる夫婦を贈賄の容疑で再逮捕する。
    • 大分地検が、2008年度の教員採用試験をめぐり金銭の授受があったとして、江藤を収賄罪で、矢野哲郎と浅利を贈賄罪で起訴する。矢野かおるは処分保留となる。
  • 7月8日 2008年度の校長・教頭の管理職任用試験(2007年11月~2008年1月実施)で江藤勝由に金銭を渡した疑惑が浮上していた、佐伯市立波当津小学校の現役校長・宮川聖子、佐伯市立小野市小学校の現役教頭・渡辺洋一、佐伯市立大島小学校の現役教頭・広瀬忍の3人が、佐伯市教育委員会の武田隆博教育長とともに佐伯警察署に出向き、事情を説明する。
  • 7月21日 大分県警が、宮川・渡辺・広瀬の3人の立件を目指して、佐伯市教育委員会と大分県佐伯教育事務所を捜索する。
  • 7月25日 大分地検が、2007年度の教員採用試験をめぐり金銭の授受があったとして、江藤を収賄罪で、矢野哲郎・かおる夫婦を贈賄罪で起訴する。
  • 8月15日 大分県警が、2008年度の管理職任用試験での便宜の見返りに江藤に計110万円分の商品券を贈ったとして、宮川・渡辺・広瀬の3人を贈賄の容疑で大分地検に書類送検する。また、授受を仲介したとして矢野哲郎・かおる夫婦を贈賄の容疑で、商品券を受け取ったとして江藤を収賄の容疑で大分地検に書類送検する。
  • 8月29日 大分地検が、2008年度の管理職任用試験をめぐり金銭の授受があったとして、渡辺と広瀬を贈賄罪で在宅起訴する。宮川は起訴猶予となる。
  • 9月4日 江藤、浅利、矢野哲郎・かおる夫婦の初公判大分地裁で開かれ、4人は起訴事実を認める。
  • 9月10日 二宮の初公判が大分地裁で開かれ、二宮は起訴事実を認める。
  • 9月17日 大分県警が、2008年春の人事異動で矢野哲郎が参事へ昇進するよう便宜を図った見返りに商品券を受け取ったとして、県教委の教育審議官・富松哲博を収賄の容疑で逮捕する。
  • 9月19日 大分県警が、2008年春の人事異動をめぐってわいろの授受があったとして、富松を収賄罪、矢野哲郎を贈賄罪で大分地検に送検する。
  • 9月22日 浅利の第2回公判が大分地裁で開かれ、検察が懲役1年2ヶ月を求刑する。
  • 9月24日 江藤の第2回公判が大分地裁で開かれる。
  • 9月25日 二宮の第2回公判が大分地裁で開かれ、検察が懲役1年6ヶ月、追徴金100万円を求刑する。
  • 9月30日 矢野哲郎・かおる夫婦の第2回公判が大分地裁で開かれる。
  • 10月8日 大分地検が、2008年春の人事異動をめぐり金銭の授受があったとして、富松を収賄罪で起訴、矢野哲郎を贈賄罪で追起訴する。
  • 10月30日 大分地裁が浅利に懲役1年2ヶ月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡す。
  • 11月6日 大分地裁が二宮に懲役1年6ヶ月、執行猶予4年、追徴金100万円の有罪判決を言い渡す。
  • 11月11日 江藤の論告求刑公判が大分地裁で開かれ、検察が懲役3年、追徴金610万円を求刑する。
  • 11月14日 浅利の懲役1年2ヶ月、執行猶予3年の有罪判決が確定する。
  • 11月19日 渡辺、広瀬の初公判が大分地裁で開かれ、2人は起訴事実を認める。
  • 11月21日
    • 二宮の懲役1年6ヶ月、執行猶予4年、追徴金100万円の有罪判決が確定する。
    • 富松の初公判が大分地裁で開かれ、富松は受け取った20万円分の商品券はわいろではないとして無罪を主張する。
  • 12月10日 矢野哲郎の公判が大分地裁で開かれ、2008年春の人事異動で便宜を図ってもらった謝礼として商品券を富松に贈ったとされる事件について、矢野は起訴事実を認める。
  • 12月12日 大分地裁が江藤に懲役3年、執行猶予5年、追徴金610万円の有罪判決を言い渡す。
  • 12月17日 富松の第2回公判が大分地裁で開かれる。
  • 12月22日 富松の第3回公判が大分地裁で開かれる。
  • 12月24日 大分地裁が渡辺、広瀬にそれぞれ懲役8ヶ月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡す。


[編集] 事件の内容

この事件の発覚により、大分県教育委員会の教員採用試験において、全てで長年に渡って不正な縁故採用が常態化していたことが明らかとなった。

なお、この事件は、

に分かれるので、別々に説明する。

[編集] 2007年度の教員採用試験をめぐる贈収賄事件

2006年7月、当時、県教委義務教育課で採用業務を担当していた江藤は、試験の願書の中に親しかった矢野哲郎の長女の名前があることを発見した。長女の合格に力を貸すつもりで矢野哲郎に電話したところ、矢野哲郎から合格を依頼された。

矢野夫婦の長女は1次試験の合格ラインに届いていなかったため、江藤は点数を水増しし、長女は合格した。

矢野哲郎の元同僚で親しかった佐伯市内の中学校教頭は、矢野哲郎の長女が1次試験に合格したことを知り、9月3日、矢野哲郎に、当時、県教委の教育審議官だった二宮の紹介を打診した。矢野哲郎は既に江藤に依頼していたため迷ったが、二宮にも頼んだ方がいいと思い、紹介を頼んだ。 9月9日、矢野哲郎は二宮に長女の合格を依頼し了解をもらう。そして二宮に50万円分の商品券を渡した。

2次試験で矢野夫婦の長女は合格ラインに届いていなかったが、二宮から指示を受けていた江藤が点数を水増ししたことから合格した。

合格発表後の10月14日、矢野夫婦は江藤に100万円分の商品券を渡した。江藤は額の大きさに驚き、10月29日に商品券90万円分を換金し、そのうち約20万円を自分の財布に入れ、残りを江藤名義の口座に入金した。

矢野夫婦は、仲介した教頭にも20万円分の商品券を渡したが、教頭はその翌日に商品券を返した。

10月28日、矢野哲郎は仲介した教頭と一緒に二宮と会い、50万円分の商品券を渡した。

矢野夫婦は、長女の面接試験の面接官に5万円分の商品券を送っていたが、後に同額の商品券が送り返されてきた。

[編集] 2008年度の教員採用試験をめぐる贈収賄事件

2007年1月、浅利は親しくしていた矢野哲郎に自身の長男・長女が試験を受験することを伝えた。矢野哲郎は浅利に、江藤への取り次ぎの話を持ち掛けた。浅利は、2人とも合格させたいと思い、江藤への取り次ぎを依頼した。

6月、矢野哲郎は江藤に浅利の長男・長女の合格を依頼した。江藤は以前、わいろを受け取っていたこともあって断れず、謝礼をもらえるかもしれないとの期待もあり、1次試験の成績を見た上で対応を決めようと考えた。江藤は1次試験の成績を確認したところ、長女は合格ラインに達していたが、長男は届いていなかった。江藤は、2人をとりあえず1次試験に合格させ、2次試験の結果を見た上で最終的に判断しようと考え、部下に指示して長男の点数を水増しした。

8月9日、浅利は2人の合格を江藤に依頼し、100万円分の商品券を渡した。江藤は以前の経験からわいろであることを知りながら受け取った。

2次試験の結果、長女は合格できそうだが、長男は合格ラインに届いていなかった。江藤はわいろを一部使っていたことから、浅利の長男・長女を何としても合格させなければならないと思い、部下に指示して2次試験と1次試験の点数を水増しさせた。その結果、2人は合格した。

浅利は、合格発表後の10月14日、謝礼として、江藤に現金300万円、矢野夫婦に50万円分の商品券を渡した。

[編集] 2008年度の校長・教頭の管理職任用試験をめぐる贈収賄事件

宮川、渡辺、広瀬の3人は矢野夫婦と共謀し、管理職任用試験での便宜を図ってもらった謝礼などとして、当時、義務教育課人事班の課長補佐だった江藤に商品券を渡した。宮川は2008年3月下旬に10万円分、渡辺と広瀬は2007年12月中旬と2008年3月下旬の2回に分け、それぞれ50万円分を贈った。江藤は、試験の問題作成や採点、成績データ管理などを担当していたが、親しくしていた矢野夫婦から紹介を受け、宮川の点数を水増しして昇任させたほか、渡辺と広瀬には面接官が尋ねる内容や受け答えのポイントを事前に教えるなどの便宜を図った。

[編集] 2008年春の人事異動をめぐる贈収賄事件

2007年11月、富松は、当時、佐伯市内の離島の小中学校の校長であった矢野哲郎と会食し、県教委への異動を打診した。会食には江藤も同席していた。富松はこの時期と2008年3月の2回、佐伯市教育長を訪ねて矢野哲郎の参事への昇進を働き掛けていた。3月、矢野哲郎は参事への昇進が内示された。3月25日、矢野哲郎は昇進に便宜を図った謝礼として、20万円分の商品券を富松に渡し、富松はそれを受け取った。

[編集] 汚職・不正の構図

矢野哲郎の弁護士7月10日に会見を開き、教員採用試験において不正が常態化していたことを矢野が認めたと説明した。

[編集] 事件の現場への影響

  • 2008年7月15日 浅利が懲戒免職処分となる。
  • 7月16日 江藤と矢野哲郎が懲戒免職処分となる。
  • 7月17日 浅利の後任が着任する。
  • 7月23日 矢野夫婦の長女が自主退職する。
  • 7月28日 二宮が市教育長を懲戒免職処分となる。
  • 7月30日 二宮の市教育委員の罷免が市議会で決まる。
  • 8月11日 矢野かおるが懲戒免職処分となる。
  • 8月20日 浅利の長男が大分市教育委員会に退職届を提出する。
  • 8月25日 浅利の長男の退職が認められ、26日付で退職する。
  • 8月29日 県教委が、2008年度の教員採用試験で不正に合格とされた教員21人について、県教委の職員らが不正に合格された事実を直接、本人に説明した上で自主的な退職を促し、納得しない場合は強制的に採用を取り消す方針を決める。
  • 8月31日 渡辺と広瀬が懲戒免職処分となる。
  • 9月1日 宮川が停職4ヶ月の懲戒処分と勤務する学校の教頭への降格処分となる。
  • 9月7日 県教委が、2008年度の教員採用試験で不正に合格とされた教員21人のうち、既に辞職した浅利の長男を除く20人の辞職・採用取り消し(辞職14人、採用取り消し6人)を決める。
  • 10月1日 2008年度の教員採用試験で改ざんによって不合格とされた受験者22人のうち18人(小学校13人、中学校5人)が無条件で教員に採用される。
  • 10月14日 県教委が、富松を起訴休職処分に、小矢教育長を減給処分(減給1/2・6ヶ月間)にすることを決める。

[編集] 教員採用試験をめぐる汚職

[編集] 文書の破棄

教員採用試験の答案用紙や面接結果は、文書管理規定によって10年間の保存が義務付けられていた。しかし、県教委は2007年度・2008年度の小・中学校教員採用試験の答案用紙や面接結果を、試験翌年の3月末に破棄していた。

義務教育課は実施要項や受験者の得点一覧表、合否の通知文書などは現在も保存しているが、「答案用紙などは量が膨大なことから対象外」と判断し破棄していた。文書の担当の義務教育課長・三浦徹夫は「不正を隠すつもりはなかった。答案用紙も公文書であり、保存すべきだった」などと釈明している。

これらの文書の破棄により、本来合格であるにも関わらず不合格とされた受験者の救済のために根拠になる資料が不正に破棄されていることとなった。得点一覧表などは現在も保存されているものの、二宮政人らの指示によって江藤勝由が改ざんを行っているため、正しい点数が判明できないことになった[1]

過去40年に渡り不正が行われていたと大分市オンブズマンは情報を多く得ている。[要出典]

[編集] 不正合格者の採用取り消し

2008年度の教員採用試験(2007年実施)では、改ざん前の点数を復元したことにより、21人(小学校14人、中学校6人、養護教諭1人)が不正に合格したことが明らかとなった。県教委はこれらの教員の採用を取り消すことを決め、8月30日、県教委の職員が浅利の長男で既に辞職した元教諭を除く対象者のほぼ全員と個別に面談し、合格の取り消しについて伝えた。また、9月3日までに自主的に退職すれば臨時講師として採用し、自主的に退職しなければ採用を取り消すと通知した。これに対し、対象者の多くは「自分の得点がかさ上げされた事実を知らなかった」「(不正合格の取り消しは)納得できない」と反発した。[2]その結果、3日までに、20人のうち12人は退職届を提出したが、残る8人は出さなかった。[3]その後、9月6日までにさらに3人が提出し、退職届を提出した人は合わせて15人となった。このうち1人が9月7日朝に考えを改めたことから、結局退職届を提出した人は14人となった。県教委は、7日の臨時教育委員会でこの14人の辞職を認めるとともに、採用取り消しを選択した6人の採用を取り消した。

なお、2007年度の教員採用試験(2006年実施)をめぐる贈収賄事件では、不正合格者が約40人いたが、データの精度が低く確定することができなかったため、採用は取り消さなかった。

[編集] 改ざんで不合格とされた受験者への対応

2008年度の教員採用試験(2007年実施)をめぐる贈収賄事件では、改ざんによって不合格とされた受験者22人が特定され、このうち18人(小学校13人、中学校5人)が2008年10月1日から無条件で教員に採用された。残る4人は、2009年4月までの希望する時期に採用される予定である。10月に採用された18人のうち、17人は臨時講師として既に勤めていた学校で引き続き勤務し、1人は本人の希望する地域で勤務する。

また、2007年度の教員採用試験(2006年実施)をめぐる贈収賄事件では、不合格とされた受験者を完全には特定できなかったため、救済策として2008年10月11日に特別試験(論文と面接)を行い、10月21日に結果を発表した。救済対象となった者は23人いたが、1人が大分県外で教諭になったとして受験を辞退したため、特別試験を受験したのは22人(小学校10人、中学校12人)だった。特別試験の平均得点率は、論文が74%、面接が78.8%で、県教委は22人全員が「おおむね6割」の合格ラインを超えたとして合格とし、2009年4月1日付で採用する。[4]このうち、17人は2009年度の教員採用試験(2008年実施)で1次試験に合格していて、このうち8人(小学校4人、中学校4人)が2次試験にも合格した。2次試験合格者の中には、2008年度の教員採用試験において不正に合格したとして辞職した元小学校教諭1人と採用取り消しとなった元中学校教諭1人も含まれている。

[編集] 採用取り消しになった元教諭らの県教委提訴の動き

上記の対応で採用取り消しとなり臨時講師として勤務する男性1人が、「身に覚えのない不正を理由に採用を取り消され、精神的苦痛を受けた」などとして、県教委を相手取り損害賠償を請求するため提訴する意向を示している。[5]男性は8月で辞職するつもりであったが、児童からの手紙を受け取り3月まで臨時講師として教壇へ立つことを決めた。今後は大分県内で教員として働く意志はないとしてあえて実名を公表した。また、自らのゼミの教授に対しても「不正をしたのであれば罰を受けて欲しい」とも語った。

[編集] 現役教諭が県教育長を提訴

2008年度の教員採用試験(2007年実施)で、県教委の小矢教育長が合格発表前に複数の受験者の合否を伝えたのは、地方公務員法の守秘義務に違反しているとして、2008年10月30日、大分県立高校の男性教諭が大分地検に告発状を提出した。告発状では、2008年度の教員採用試験(2007年実施)に関連して、2次試験前後の2007年9月、小矢教育長が富松に複数の受験者の名前を告げて合否を確認し、その後の合格発表日には、発表の30分前に、依頼者に合否を伝えたことから、職務上知り得た秘密を漏らしたとしている。[6]

2008年12月3日、大分地検はこの告発状を受理した。[7]

[編集] 教育委員会の対応

県教委は汚職の発覚後、「平成20年度実施の大分県教員採用選考試験の見直しについて」と題した文書などを皮切りに、自身のホームページにおいて声明を発表している。

[編集] 脚注

  1. ^ YOMIURI ONLINE 大分県教委、「10年保存」の採用試験答案を翌年に破棄
  2. ^ asahi.com 採用取り消し教員「改ざん知らなかった」多数
  3. ^ YOMIURI ONLINE 大分の教員採用試験、「不正合格」12人が退職届
  4. ^ 大分合同新聞 07年度教員救済試験、22人全員が合格
  5. ^ YOMIURI ONLINE 教員採用取り消された臨時講師、大分県教委提訴の意向
  6. ^ 大分合同新聞 教諭が教育長告発 “通知は守秘義務違反”
  7. ^ 大分合同新聞 地検が告発状受理 小矢教育長らが不正任用

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月2日 (水) 15:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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