大分県立大分舞鶴高等学校

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大分県立大分舞鶴高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 大分県
設立年月日 1951年(昭和26年)
創立記念日 10月6日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科・理数科
高校コード 44113K
所在地 870-0938
大分県大分市今津留1丁目19番1号
北緯33度14分40秒東経131度37分23秒
電話番号 097-558-2268(代表)
FAX番号 097-558-2293
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
  

大分県立大分舞鶴高等学校(おおいたけんりつおおいたまいづるこうとうがっこう)は、大分県大分市にある公立高等学校

目次

[編集] 概要

1951年4月1日に創立。進学校であり、普通科理数科1997年(平成9年)度設置)を有する。また、県下唯一の理数科設置校である。大分市内の進学校として、大分上野丘とともに人気のある高校である。進学率は県内トップクラスを誇っているが、近年は市内の他の進学校の工夫・努力などにより、以前に比べると人気は低迷している傾向にある。[要出典]部活動においては、ラグビー部・カヌー部などが全国的に名高い。市内での通称は「舞鶴(まいづる)」か「舞高(まいこう)」が一般的である。

2005年(平成17年度)には、文部科学省よりスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定を受けた。大分県では唯一の指定校であり、平成21年度までの5年間が対象となる。

[編集] 校風

校風は自由であり、文武両道を掲げ、学校行事や部活動も盛んである。特にラグビー、カヌー、硬式テニス、バスケットボール、放送部は全国レベルの活動を見せ、全国的にも名が知られている。部活動を行っている者の中には、勉強の方も怠らず難関大学へ合格を果たす者もいるが、大部分は部活動一本になり、成績が下がる傾向にある。近年、部活をする者と勉強する者の学力の二極化が激しく進んでおり、これが今後の大きな課題となりそうである。

[編集] 制服

男子は典型的な詰襟の学生服、女子は冬服の場合、紺色の生地に青いリボンが付いたセーラー服、夏服の場合は白地に薄青色のセーラー服である。 ちなみに舞鶴高校の隣にある大分商業高校(大商)の冬服は舞鶴のそれと似ているが、大商のリボンの色は赤色である。

[編集] 時間割り

朝講座があり、全学年が7時40分から開始される。内容は日替わりで各教科の演習を行う。また、月曜から木曜は7時間目まであり、下校できるのは16時45分である。

[編集] 設置学科

[編集] 沿革

  • 1951年(昭和26年)4月1日 - 大分市王子中学校を仮校舎として大分県立大分舞鶴高等学校を創立。
  • 1960年(昭和35年)10月7日 - 創立10周年記念式典挙行。
  • 2000年(平成12年)10月6日 - 創立50周年記念式典挙行。
  • 2005年(平成17年)4月1日 - スーパーサイエンスハイスクールに指定。

[編集] 教育方針

この学校には、「舞鶴魂-しまれ、がんばれ、ねばれ、おしきれ」という訓戒染みたものが存在し、学内外において、しばしば取り上げられる。それぞれが含んでいる意味は以下の通り。

  • “しまれ” 事に臨んで本気を出すこと
  • “がんばれ” 常にプラス志向で元気を出すこと
  • “ねばれ” 試練に耐える根気をもつこと
  • “おしきれ” 一歩踏み出す勇気をもつこと

また、平成3年度くらいには、当時の校長(同窓生)から「舞鶴生活四原則-飾らない、汚さない、遅れない、負けない」というものも提唱された。しかし生徒たちや卒業生の間では、舞鶴魂への愛着が強いようである。

勉強面では大分上野丘高校を常にライバル視しており、全国模試や全県模試などの時でも同高校を比較の対象にし、生徒の競争心を煽っている。嘗ては大分舞鶴高校が「丘の上の高校に負けるな」、大分上野丘高校が「川の横の高校に負けるな」というような表現を使い、競い合っていた。

また、先生の多くは一年生に対しては平日一日3時間、サタデイズセミナーのある土曜日は一日4時間、休日一日6時間の「三四郎学習」、二年生に対しては平日一日4時間、サタデイズセミナーのある土曜日は一日6時間、休日一日8時間の「ヨーロッパ学習」、受験生に対しては平日一日5時間、サタデイズセミナーのある土曜日は一日8時間、休日一日10時間の「御法度学習」をするよう生徒たちに促している。

[編集] 進学実績

毎年、生徒のほとんどは国公立大学へと進学し、合格者数は全国でも上位に位置する。2007年(平成19年)には、国公立大学に計287名の合格者を出し、全国の高校ベスト20で第17位に選ばれた(サンデー毎日による)。また、私立大学の場合も早稲田大学慶應義塾大学をはじめとする難関大学に毎年必ず合格者を出す。

1997年度に設置された大分県下唯一の理数科においては、まだその歴史は浅いながらも東京大学京都大学気象大学校、医学部への合格など、素晴らしい実績を残している。

ラグビー部の優秀な選手は、推薦入学で早稲田大学や同志社大学明治大学などラグビー名門校へ進むことが多い。

[編集] 主な行事

[編集] 修学旅行

2000年度から、それまで行われていたスキー研修は廃止されることになり、東京への修学旅行は、英語圏(ニュージーランド)への海外修学旅行に変更となった。また、49回生に限っては、(ニュージーランド)ではなく(オーストラリア)への海外修学旅行に行っている。

[編集] クラスマッチ

7月、12月、3月(1・2年のみ)の年3回。学校のすぐ隣に大分川が流れているため、そこでドラゴンボートレースを行ったり、ソフトボール、サッカー、バスケットボールなどの競技を行う。

[編集] 屋久島研修旅行(理数科)

2005年度にスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定されたことにより、理数科1年生に対して毎年11月に世界遺産屋久島へ3泊4日の研修を行う。 大学の教授や研究所の研究員の協力を得て現地ではさまざまな研究を行うことができる。平成17年度には屋久島の隣の種子島の種子島宇宙センターへの見学が行われたが、 2006年度は取りやめられた。この研究の成果は、11月の理数科中間発表会でポスターセッションの形で発表される。

[編集] イエローストーン研修(理数科)

2005年度にスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定されたことにより、理数科2年生に対して平成18年度からゴールデンウィークを利用してアメリカイエローストーン国立公園への8泊10日の研修を行う。理数科内で参加希望者を募り、イエローストーンについての小論文の試験と国際情報の授業の評点の合計の上位7名が参加となる。(平成18年度)参加者はGWを利用して行くため連休の間の授業の日は公欠となる。現地では主な活動としてフィールドワーク、モンタナ州立大学訪問、現地の高校生との交流会などが行われる。また、宿泊はホテルなどは利用せずすべてロッジを利用し、食事などは自分たちでつくることとなる。これらの研修の発表も11月の理数科中間発表会で行われる。

[編集] 部活動

ラグビー部は、全国高校ラグビー大会において、第54回(昭和50年)に優勝1回、第53回(昭和49年)・第63回(昭和59年)・第83回(平成16年)の準優勝3回など全国でも名立たる強豪校である。カヌー部は数多くの選手を国体に送り込み、また、アテネ五輪カヌー競技の足立美穂選手がこの高校の出身である。なお硬式テニス部、バスケットボール部も県内有数の強豪校である。

[編集] 施設

グラウンドにあるテニスコート横には、同窓会付設の而立会館、同窓会館がある。どちらの施設にも冷暖房設備が備わっており、学習室として年中無休で開放している。日曜日や、休日には、受験を控えた3年生が特に利用している。

また、多目的競技場には太陽光発電機が設置してあり、モニターで発電量を見ることができる。

[編集] その他

松任谷由実(ユーミン)の曲であるNO SIDE(ノー・サイド)は、1983年に行われた第63回全国高等学校ラグビーフットボール大会決勝戦で、 天理高校に惜しくも敗れた大分舞鶴高校をモデルとして作られたとされている。そのため、音楽の時間にこの曲を歌うこともある。

[編集] 著名な出身者

[編集] 政治

[編集] 経済界

[編集] 教育

[編集] 文化

[編集] アナウンサー

[編集] スポーツ

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月25日 (水) 20:39 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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