大分駅
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| 大分駅 | |
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北口駅前全景(2008年5月3日撮影)
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| おおいた - Ōita | |
| 所在地 | 大分県大分市要町 |
| 所属事業者 | 九州旅客鉄道 |
| 電報略号 | オイ |
| 駅構造 | 地上駅 豊肥・久大線は高架駅 |
| ホーム | 3面4線(地上)+ 2面3線(高架) |
| 乗車人員 -統計年度- |
17,129人/日(降車客含まず) -2008年度- |
| 開業年月日 | 1911年(明治44年)11月1日 |
| 乗入路線 3 路線 | |
| 所属路線 | 日豊本線 |
| キロ程 | 132.9km(小倉起点) |
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◄西大分 (2.5km)
(3.3km) 牧►
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| 所属路線 | 久大本線 |
| キロ程 | 141.5km(久留米起点) |
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◄古国府 (2.6km)
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| 所属路線 | 豊肥本線 |
| キロ程 | 148.0km(熊本起点) |
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◄滝尾 (5.1km)
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| 備考 | JR九州直営駅(終日駅員配置) みどりの窓口 有 |
大分駅(おおいたえき)は、大分県大分市要町1番1号に所在する九州旅客鉄道(JR九州)の駅である。大分県の県庁所在地である大分市の代表駅である。
日豊本線、久大本線、豊肥本線の3線が集中する。日豊本線は、起点から当駅までは概ね複線化されているが、当駅より終点鹿児島駅まではすべて単線区間である。
目次 |
[編集] 利用可能な鉄道路線
- 九州旅客鉄道(JR九州)
- この駅には、以下の全ての特急列車が停車する。
[編集] 駅構造
日豊本線、久大本線、豊肥本線を合わせて単式1面1線と島式3面6線の混合ホーム4面7線と留置線3線からなる大規模な地上駅である。現在駅周辺の高架化工事を実施中で、完成後には4面8線となる予定。2008年のチャレンジ!おおいた国体までの全線開通を予定していたが、久大本線および豊肥本線部分は開通し部分供用されたものの、日豊本線部分の開通は2011年度となる見込みである[1]。
駅の北側(大分市街中心部側)を北口、駅南側(大道側)を南口と言う。ただし、市街地は北口側に偏在していて大多数の利用者は北口のみを利用するため、この呼び方は一般的ではなく、単に大分駅と言えば北口を指し、特に南口を指す場合には駅裏と呼ぶことが多い[2]。
北口には1958年に建設された鉄筋コンクリート構造3階建て(一部4階建)の駅ビルがあるが、老朽化が進んでおり、高架化に伴って建て替えの計画がある。北口の改札口は馬蹄形で、国内では初めての導入であり、自動改札機が設置されている(ただし、SUGOCAには非対応)。
旧南口には小規模な鉄筋コンクリート構造の駅舎があったが、高架化工事のために2006年9月に閉鎖・解体されており、現在はその西側に仮駅舎と改札口が設けられている。現在、駅で南北に分断された北口と南口とを連絡する自由通路はないが、高架化に伴って設けられる予定である。
自動放送導入駅。
[編集] のりば
番号は駅北口本屋側から順に割当てられている。なお、以下に記されている列車の往来については、この状態が基本とされるが、これに当てはまらない場合もある。
豊肥本線(九州横断特急以外)・久大本線は先立って高架化された。いずれも電化されていないため高架ホームの線路には架線が張られていない。なお、改札口からホームに着くまで約5分程度かかる旨の構内放送をしている(2008年現在)。
- 1番のりば(1番線):日豊本線特急到着 日豊本線下り普通(朝)
- 2番のりば(3番線):日豊本線上り普通
- 3番のりば(4番線):日豊本線上下普通・特急 豊肥本線上下特急
- 4番のりば(5番線):日豊本線上り普通・特急
- 6番のりば:豊肥本線普通 久大本線普通・特急
- 7番のりば:豊肥本線普通 久大本線普通・特急
- 8番のりば:豊肥本線普通 久大本線普通・特急
(6 - 8番のりばは高架ホーム。2番線は閉鎖。6番線(5番のりば)、7番線、8番線は駅高架化に伴い廃止。)
列車到着アナウンス開始時のみ関東域内のJR東日本と同様、メロディが鳴り響くが、発車時はベルである。JR九州在来線でメロディが導入されている駅は極めて珍しい状況である。
ホーム、駅ビル間の連絡は地下道で行う。駅自体の構造が古く、エスカレーターは設置されているがエレベーターは高架部分のみにしかない。
[編集] コンコース
北口のコンコースは待合所、自動券売機、みどりの窓口、コインロッカー、ジョイロード、JR九州大分支社があり、また他の商業施設としては、ATMコーナー、飲食店(トランドール、ロッテリアやミスタードーナツなど)、キヨスク、インターネットカフェ等が立ち並ぶフレスタ大分商店街が形成されている。コンビニのam/pmもあり、ドリームにちりんの乗客が長時間停車の間に改札が開放され、利用することができる。
北口西側の出入口の前には大分駅前商店街があり、この商店街に沿って大分バスの主に大分市内路線の路線バスのバス停がある。一方、北口東側の出入口の前には大分交通の路線バス・観光バスや大分空港行のエアライナーのバス停がある。また、約300m進んだ先の大分バス本社前停留所では、大分市を出発するすべての高速バスに乗車できる。
北口はJR九州直営でマルス端末機が設置されている。南口は九州交通企画に業務委託されPOS端末機のみ設置されている(南口にみどりの窓口はない)。
[編集] その他
部分高架化前は、貨物列車の通過線、機関車の入れ替え用側線等の設備が整っていた。かつては北口の東側に貨物ホームが存在したが現在は大分市が管理する駐車場になっている。南東部には旧・豊肥久大鉄道事業部豊肥久大運輸センターの跡地が広がっていた。この車両基地は大分駅高架化により牧駅近くの大分鉄道事業部大分車両センターの隣接地に移転し統合され、高架橋も作られた。また、整備場は高架化に伴い既に解体された。この整備場にはキハ07形気動車が保管されていたが、2003年に九州鉄道記念館に移設された。
この駅では終電が全路線同一時刻に発車する(23時30分)。この形態は北海道の札幌駅でも見られる。
[編集] 利用状況
1日平均の乗車人員は17,129人(2008年度)[3]である。これはJR九州の中で4番目、私鉄などを含めた九州の駅の乗車人員では12番目である。
また、大分県統計年鑑によるデータでは、1日平均の利用客は33,678人である(2005年度)。
[編集] バス路線
[編集] 高速バス
[編集] 一般路線バス
[編集] 駅周辺
北口周辺は大分市街地の中心部で各百貨店、商店街、大分県の行政機関が立ち並び、人通りも多い。その一方で、南口周辺には静かな雰囲気の町並みが広がっている。駅の南北で様子が違うのは、日豊本線により市街の南北が完全に分断されたためであり、駅の高架化と並行して南口周辺の再開発も行われている。
[編集] 北口
- 商業施設
- ホテル
[編集] 南口
- 公園
- 大分市公園
- 上野西山公園
- ホテル
- 大分東洋ホテル
[編集] 駅弁
- 豊後牛めし(ビオティックジャパン) 1000円
- 豊のしゃも弁当(ビオティックジャパン) 1200円
なお、大正時代から駅弁を販売してきた「梅乃家」は、駅の立ち食いうどん・そばの店を残し、2007年11月限り撤退している。
[編集] 歴史
大分駅は鉄道院豊州本線が別府駅から当駅まで延伸したのに伴い1911年(明治44年)に開業した。開業当初は豊州本線の終着駅であったが3年後の1914年(大正3年)に豊州本線は幸崎駅まで延伸し、中間駅となった。また同日に同じ国鉄の犬飼軽便線が当駅から中判田駅まで開通したため同線と豊州本線との接続駅ともなった。
1915年(大正4年)10月30日には大湯鉄道が大分市駅から小野屋駅までを開業する。大湯鉄道はその後大正11年(1922年)の12月1日に国有化され大湯線となり大分市駅はこのとき大分駅に統合され3ヵ月前の大正11年(1922年)9月2日には犬飼軽便線は犬飼線に改称となり当駅は国鉄の豊州本線・犬飼線・大湯線の接続駅になった。
昭和3年(1928年)12月2日には玉来駅から宮地駅までの開通により熊本駅から大分駅まで犬飼線なども含めて全通し豊肥本線に改称された。昭和7年(1932年)12月6日には大隅大川原駅から霧島神宮駅までの開通により小倉駅から大分回りで鹿児島駅までが豊州本線等を含めて全通し日豊本線とされた。そして昭和9年(1934年)11月15日には日田駅から天ヶ瀬駅までの開通により大湯線も含めて久留米駅から大分駅までが全通したため久大線となった。久大線は昭和12年(1937年)6月27日に久大本線に改称となり現在の様に大分駅は日豊本線・豊肥本線・久大本線の接続駅となった。
1945年(昭和20年)4月21日には米軍の空襲により被災した。戦後は1958年(昭和33年)に駅舎を新設している。古くから駅前の大きな楠が象徴的な駅であったが、構内の拡張工事に伴いこの楠は1964年(昭和39年)8月に伐採となっている。市街地の拡大に伴い、駅の両側の市街地を駅と線路が分断していることが問題となり、1980 年(昭和55年)10月に駅を横断する地下道が完成している。
昭和62年(1987年)に国鉄の分割民営化に伴い九州旅客鉄道(JR九州)の駅となって現在に至っている。
[編集] 年表
- 1911年(明治44年)11月1日 - 国有鉄道(当時は鉄道院)の駅として、豊州本線(現在の日豊本線)別府 - 大分間の開通時に開業。
- 1914年(大正3年)4月1日 - 豊州本線が幸崎駅まで開通。同時に、犬飼軽便線(現在の豊肥本線)が犬飼駅まで開通。
- 1915年(大正4年)10月30日 - 大湯鉄道の大分市駅が開業し、同鉄道線大分市駅 - 小野屋駅間が開通。
- 1922年(大正11年)12月1日 - 大湯鉄道が国有化、大湯線(後の久大本線)となる。大分市駅を大分駅に統合。
- 1945年(昭和20年)4月21日 - 米空軍大分大空襲により駅本屋構内被災全焼。
- 1958年(昭和33年)4月 - 新駅舎完成。
- 1961年(昭和36年) - 0番線を増設。
- 1964年(昭和39年)8月 - 構内の拡張工事に伴い、駅前の楠が伐採される。
- 1965年(昭和40年)10月 - みどりの窓口開設。
- 1966年(昭和41年)9月21日 - 西大分 - 大分駅間複線化。
- 1967年(昭和42年)10月1日 - 新田原 - 幸崎駅間電化。
- 1972年(昭和47年)4月 - 旅行センター開設。
- 1975年(昭和50年)10月 - 駅改良を実施。
- 1980年(昭和55年)10月 - 地下道工事が完成。
- 1984年(昭和59年)2月1日 - 車扱貨物の取扱を廃止。
- 1986年(昭和61年)11月1日 - 荷物の取扱を廃止。
- 1987年(昭和62年)3月 - 駅舎を改築。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により九州旅客鉄道が継承。
- 2008年(平成20年)8月24日 - 豊肥・久大本線部分の高架化により、同線の新ホームが運用を開始。同線地上ホームと建設用地に必要になる6番線(5番のりば)、7番線、8番線が運用終了。
1900年(明治33年)から1972年(昭和47年)まで駅前より路面電車の豊州電気鉄道線→大分交通別大線が発着していた。
[編集] 高架化の影響
2008年8月現在、高架橋が完成しているのは豊肥・久大本線の部分と日豊本線の別府方200m余(大道陸橋との交差部分を除く)で、いまだ高架の橋脚が完成していない部分がある。そのため、高架化完成は当初の目標だった2008年よりも遅れる見込みである。2008年8月24日の豊肥本線・久大本線部分の高架化により、高架化されていない日豊本線への直通はできなくなった。2008年3月改正から久大本線の別府直通の特急列車については大分 - 別府間は臨時扱いとして運行を休止している[4]。また、夕方に豊肥本線から日豊本線に直通していた普通列車の乗り入れも休止している。なお、「九州横断特急」は、新設の渡り線により高架化後も引き続き別府まで運行されている。なお、九州横断特急は地上式ホームより発着する。
[編集] 隣の駅
- 九州旅客鉄道
- ■日豊本線
- ■久大本線
- 古国府駅 - 大分駅
- ■豊肥本線
[編集] 脚注
- ^ 大分駅周辺総合整備事務所|春日陸橋を撤去します
- ^ 例えば、大分バスには「駅裏循環」という路線があった。ただし、近年、「駅南循環」に改名されている。
- ^ JR九州ウェブサイト JR九州 交通・営業データ 駅別乗車人員上位30位(平成18年度)
- ^ JTB時刻表 2008年3月号及び、大分駅監修 JR大分駅時刻表より。参考記事 大分合同新聞[1]
[編集] 参考文献
- 九州鉄道百年祭実行委員会・百年史編纂部会 九州の鉄道100年記念誌『鉄輪の轟き』九州旅客鉄道 1988年
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 大分駅(JR九州)
- JR九州大分支社・主要駅の紹介 - 音が鳴るため、音量に注意されたい。
- 大分市都市計画部駅周辺総合整備課 - 大分駅付近連続立体交差事業について
- 「パノラマ写真で観光する大分県」 大分駅周辺総合整備事業 - 大分駅の高架化工事の最新の模様を掲載
- 大分駅高架化に伴うのりばの変更
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