大南博美
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大南 博美(おおみなみ ひろみ、1975年11月15日 - )は、福井県三方郡三方町(現三方上中郡若狭町)出身の陸上競技(長距離走)&マラソン選手である。また2002年4月ロッテルダムマラソン覇者で、世界陸上エドモントン大会・世界陸上パリ大会女子マラソン代表の大南敬美は、双子の妹である(区別は、髪が短い方が姉の博美、長い方が妹の敬美である)。町立三方中学~福井県立美方高等学校~東海銀行・UFJ銀行~トヨタ車体。
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[編集] 来歴
中学時代より妹の敬美と福井県内の陸上大会で活躍。美方高校時代は、竹中奈緒(元沖電気宮崎)ともに全国高校駅伝に出場し、平成5年時の1時間11分7秒は現在まで福井県記録となっている。東海銀行就職後は、竹内伸也監督のもと、妹の敬美とともに着実に力をつけていった。
初マラソンは1999年3月14日の名古屋国際女子マラソンで、優勝のモルグノワ(ロシア)、2位の市河麻由美に続いて3位入賞。その後、2002年10月13日の釜山アジア競技大会女子マラソンでは、優勝を期待されながらも3位の銅メダル獲得に留まるなど、なかなかレースで結果を残せず、かつてマラソンの実績および世界陸上の日本代表は、妹の敬美に先を越された形となっていた。しかし、2004年9月26日のベルリンマラソンで2位入賞を果たし、敬美の自己記録を17秒上回る、2時間23分26秒の好記録を出している(優勝は当時日本最高記録達成の渋井陽子)。又同年7月の札幌国際ハーフマラソンでも、ハーフの自己新記録で初優勝を成し遂げた。
UFJ銀行陸上部廃部が決まった後、2005年1月30日の大阪国際女子マラソンは、10km過ぎから独走となるも力みもあって後半ペースダウンし6位に終わる。その後、同年6月の日本選手権女子10000mでは自己ベストを記録して3位入賞を果たし、念願の世界陸上ヘルシンキ大会日本代表に選出された。しかしながら同年8月の世界陸上女子10000m本番では、スタート直後の転倒が響いて、32分02秒38の21位に終わっている。
翌2006年6月の日本選手権では32分14秒73のタイムで2位入賞。そして12月のドーハアジア競技大会女子10000mでは、32分18秒02のタイムで3位でゴール、銅メダルを獲得した(優勝は福士加代子)。
2007年4月15日のロッテルダムマラソンは、気温29度という高温の悪条件の中、レース後半は独走となり、海外のメジャーマラソン初優勝を果たした。その後妹の敬美と共に2008年の北京オリンピック出場を目指して、2007年11月18日の東京国際女子マラソンに出走したが、優勝した野口みずきらに及ばず5位に留まった。
[編集] 自己ベスト
- 5000m 15分20秒75(2004年6月6日 日本選手権)
- 10000m 31分35秒18(2005年6月2日 日本選手権)
- ハーフマラソン 1時間8分45秒(2004年7月4日 札幌国際ハーフマラソン)
- マラソン 2時間23分26秒(2004年9月26日 ベルリンマラソン)
[編集] これまでの主な記録(マラソンのみ)
- 1999年 3月 名古屋国際女子マラソン 2時間30分19秒 3位(初マラソン)
- 2000年 3月 名古屋国際女子マラソン 2時間28分32秒 5位
- 2001年 3月 名古屋国際女子マラソン 2時間33分03秒 18位
- 2002年 3月 名古屋国際女子マラソン 2時間27分29秒 2位
- 2002年10月 釜山アジア競技大会女子マラソン 2時間37分48秒 3位
- 2003年 4月 ロッテルダムマラソン 2時間26分17秒 2位
- 2004年 1月 大阪国際女子マラソン 2時間27分40秒 3位
- 2004年 9月 ベルリンマラソン 2時間23分26秒 2位(自己記録、現在日本女子歴代9位)
- 2005年 1月 大阪国際女子マラソン 2時間28分07秒 6位
- 2006年 1月 マイアミマラソン 2時間34分11秒 優勝
- 2006年 3月 名古屋国際女子マラソン 2時間30分23秒 8位
- 2006年10月 シカゴマラソン 2時間26分04秒 7位
- 2007年 4月 ロッテルダムマラソン 2時間26分37秒 優勝
- 2007年11月 東京国際女子マラソン 2時間30分24秒 5位
- 2009年 1月 大阪国際女子マラソン 2時間32分30秒 11位
- 2009年 3月 東京マラソン 2時間32分11秒 7位
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年7月22日 (水) 03:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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