大宮政志
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大宮政志(おおみや まさし、1938年- )は日本競輪選手会東京支部に所属していた元競輪選手。岩手県岩手郡滝沢村出身。盛岡第一高等学校を経て日本大学へと進む。もっとも大宮の名として有名なのは、ロードレースを中心に競技を進めていたアマチュア時代だったといえる。
[編集] 経歴
盛岡一高時代の1956年、鎌倉で行われた第一回・全国高等学校自転車道路競走中央大会の個人、団体の部で優勝。また同年、大宮競輪場で開催された全国高等学校自転車競技選手権大会(インターハイ)でも実用車・4000m速度競走等で優勝を飾る。
日本大学時代には世界自転車選手権、ローマオリンピックにも出場。1962年の第4回アジア競技大会個人ロードレースでは2位に入る。そして翌1963年、東京オリンピックを1年後に控えたプレオリンピック・個人ロードレースで見事優勝。一躍大宮はメダル有力候補に名乗りを上げる。
そして迎えた東京オリンピックの個人ロードでは、同年の世界選手権同種目を制覇していた優勝候補のエディ・メルクスらとともに、終盤まで先頭集団に食らいつくという当初の期待通りの走りを見せ、残る最後のゴールスプリント争いに持ち込めばメダルも十分見えるというところまでこぎつけていた。ところがゴールまで残りわずかという地点で大量落車に巻き込まれてしまう。その後は懸命に前を追って、最後は優勝したイタリアのマリオ・ツァニンと同タイムとなる4時間39分51秒でゴールするものの36位に終わった。
東京オリンピックを最後に競輪へ転向するという表明をしていた大宮はその後、当時東京・調布にあった日本競輪学校第21期生となり、翌1966年には競輪選手としてホームバンクである立川競輪場でデビュー。見事1着を飾る。しかし同じ自転車競技とは言ってもロードとは戦い方が異なる上に、競輪選手となってからは下り坂を迎えていた感もあったためか、ビッグレース等における実績はこれといってなかった。しかし1996年に引退するまで通算487勝を挙げた。
2009年現在、東京都立川市にある私立昭和第一学園高校の自転車競技部コーチとして、平成生まれの高校生に熱心な指導を行っている。訥々と語る言葉に世界の舞台で戦ってきた重みがあり、他校自転車部の顧問からの信頼も厚い。
[編集] その他
自転車関係者の間では今でも大宮のことを伝説の名選手という人が少なくない。確かに今の時代、競輪選手でなくとも自転車競技のプロ選手が誕生する時代となったものの、五輪等の主要国際大会のロードレースにおいて、最後まで優勝争いを演じたというケースはいまだ上記の東京オリンピックにおける大宮のケースしかないことが要因となっている。
最終更新 2009年4月20日 (月) 10:52 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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