大山 加奈
Kana Oyama
東レ・アローズ No.3 |
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| 基本情報 |
| 国籍 |
日本 |
| 生年月日 |
1984年6月19日(25歳) |
| 出身地 |
東京都江戸川区 |
| ラテン文字 |
Kana Oyama |
| 身長 |
187cm |
| 体重 |
84kg |
| 血液型 |
O型 |
| 選手情報 |
| 所属 |
東レ・アローズ |
| コートネーム |
カナ |
| ポジション |
OP |
| 指高 |
239cm |
| 利き手 |
右 |
最高
到達点 |
スパイク |
308cm |
| ブロック |
289cm |
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■テンプレートの解説
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大山 加奈(おおやま かな、1984年6月19日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 東京都江戸川区出身。ニックネームはカナ、パワフル・カナ。プレミアリーグ・東レ・アローズ所属。血液型O型。
[編集] 来歴
小学校2年生よりひまわりバレーボールクラブでバレーボールを始め、6年生時で身長は175cmあり、全日本バレーボール小学生大会(ライオンカップ)で全国制覇を成し遂げた事によって、バレーの金の卵と注目される存在になった。成徳学園中学に進学。 成徳学園高校(現・下北沢成徳高校)では、主将としてインターハイ・国体・春高バレーの3冠を達成し、小中高全ての年代で全国制覇を経験した。2002年世界選手権と釜山アジア大会では、ただ1人の高校生プレーヤーとして、全日本代表に選出された。
2003年、東レ・アローズに入団。同年開催のワールドカップで、栗原恵と共に大型選手として期待され「19才コンビ」として注目され、大活躍を果たす。恵まれた巨体と力強いスパイクを武器に、新時代の大砲として注目された。また第10回Vリーグでは新人賞を獲得した。 2004年、アテネオリンピック出場。
2005年、持病である腰痛治療に専念するため、ワールドグランプリを欠場したが、同年11月開催のグラチャンで全日本代表に復帰。2006年、ワールドグランプリに出場したが、同年9月より右肩関節不安定症のため長期離脱し、世界選手権の出場は果たせなかった。
2007年、2006-07プレミアリーグ終盤に試合復帰し、全日本代表候補選手に登録。同年開催のワールドカップに出場した。しかし大会後に腰痛が再発。2007-08プレミアリーグはリーグ戦全試合を欠場し、東レのリーグ初優勝をコート内で経験する事は出来なかった。
2008年、全日本代表候補選手に登録されたが、腰痛が回復せずに辞退。同年8月開催の北京オリンピック出場を断念した。同年9月、2006年7月26日付を最後に休止していたブログを再開し、脊柱管狭窄症のため、8月に手術を受けていたことを公表した。
2009年、長いリハビリを経て3月15日にプレミアリーグで484日ぶりの試合復帰を果たすと、5月18日には548日ぶりに全日本代表にも復帰した。
[編集] 人物・エピソード
- 小学生の頃から圧倒的な高さとパワーを誇っていたので、守備は免除されていた。そのため守備には難がある。
- 小学生時代は、喘息の発作に襲われる日々であったが、ハンデをバレーボールに打ち込むことで克服した。
- 高校・東レの同期には荒木絵里香がおり、実妹の大山未希も同チームに所属している。
- アテネオリンピック・世界最終予選からは、サービスミス防止と腰痛の軽減のため、スパイクサーブ(ジャンプサーブ)からフローターサーブに変更している。
- 高橋みゆきからブンブンと呼ばれている。
[編集] 球歴・受賞歴
- 篠崎第五小→成徳学園中→成徳学園高等学校(現・下北沢成徳高等学校)→東レ・アローズ(2003年-)
- 全日本代表 - 2002-2009年
- 全日本代表としての主な国際大会出場歴
- 受賞歴
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
バレーボール全日本女子 2002年世界選手権 |
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バレーボール全日本女子 2003年ワールドカップ |
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