大峰山
大峰山の最新ニュースをまとめて検索!
ウオッちず Google Map 大峯山
大峯山(おおみねさん)は、金峯山(きんぷせん)とも言われてきた奈良県の中央にある山。山上ヶ岳から熊野までを大峯と呼ぶ。 吉野から熊野に至る大峯奥駈道は、古来よりの自然信仰と渾然一体となった渡来の神仙思想や道教や仏教の修行のために、藤原や平城の都からこの地を訪れた僧侶(修験者)によって切り開かれたことに始まった。熊野修験が勢力を伸ばす中で長久年間(1040~44)に修験者(義叡、長円)により熊野から吉野までの大峯奥駈道が体系付けられた。熊野から吉野まで詣でることを順峯。吉野から熊野まで詣でることを逆峯と呼んでいる。 なお大峯山では「峯」の文字を使用しており、これは「山久しくして平らかなり。」という意味を示している。
深田久弥の日本百名山やそれを元にした各種一覧表では、大峰山(1,915m)とあるが、これは大峯山脈中にある近畿最高峰の「八経ヶ岳」を示している。地元では一般的に単に「大峯山」と言えば女人禁制の伝統を守っている山上ヶ岳(1,719m)を指す。全国に数多く存在する大峰山の由来の山である。深田久弥は山上ヶ岳登頂後、日を改めて大峰山脈縦走路に入り、大普賢岳、行者還岳、弥山を経て八経ヶ岳までを縦走し、この2峰を大峰山として記載している。
この一帯は1936年吉野熊野国立公園に指定され、さらに2004年(平成16年)7月ユネスコの世界遺産に「紀伊山地の霊場と参詣道」の文化的景観を示す主要な構成要素として史跡「大峯山寺」、史跡「大峯奥駈道」ほかが登録された。1984年(昭和59)8月、大峰山寺の解体修理に伴う外陣回りの発掘調査で、山岳宗教史上の大発見として黄金仏2体が検出された。
目次 |
[編集] 山上ヶ岳
この一帯は古くから修験道の山として山伏の修行の場であった。道場としての大峯山は、単独の山を指す名前ではなく吉野山から熊野へ続く長い山脈全体を意味している。その中でも山上ヶ岳(旧名:金峯山)の頂上付近には修験道の根本道場である大峯山寺山上蔵王堂があり、山全体を聖域として現在でも女人禁制が維持されている。山上ヶ岳へ通じる登山道には、宗教上の理由により女人禁制である旨を伝える大きな門があり(女人結界門)、1300年の伝統を守るための協力を依頼した看板が設置されている。(これに反対する動きについては女人禁制を参照)しかし、1929年には既に女性が登山していたとされる。
1007年(寛弘4)8月、藤原道長が大峯山の山頂である山上ヶ岳に、自筆の妙法蓮華経、無量義経、観普賢経、阿弥陀経、弥勒上生下成仏経、般若心経など併せて十五巻を銅の筺に納めて埋経した。これに倣った貴族の大峯登拝と埋経が盛んになった。また、道長は1011年(寛弘8)に御嶽精進をはじめるが、触穢(しょくえ)によって大峯山詣を中止した。道長の埋経は出土しており、大峯参詣の記録を含む日記『御堂関白記』も伝わっている。 ちなみに頼道、師道も登山しており、師道は、日記『後二条師道記』に登拝の記録を残している。
山上ヶ岳の麓には門前町として洞川(どろかわ)温泉の集落が有り、参拝者のための旅館が立ち並んでいる。洞川から大峯大橋までは道路(奈良県道21号大峯山公園線)が整備されて、直ぐそばの女人結界門から山頂まで参道が設けられているが鎖場を登る長く険しい山道が続いている。
[編集] 稲村ヶ岳(女人大峯)
本峰と大日山(だいにちざん)の2峰がある。山上辻に稲村ヶ岳の山小屋がある。亜高山植物に富み「花の百名山」のひとつとして名高い。
山上ヶ岳では女人禁制が維持されているが、その隣に位置する稲村ヶ岳では、女性信者の為の修行の場として1959年より開放されており、「女人大峯」とも呼ばれる。
[編集] 八経ヶ岳
標高1,915m。奈良県吉野郡天川村と上北山村の境界に位置する。
八経ヶ岳(八剣山、または仏経ヶ岳)は近畿地方の最高峰で、トウヒやシラベの原生林に覆われている。また初夏にはシャクナゲやシロヤシオが咲き、7月初旬には国の天然記念物オオヤマレンゲが咲く花の山となる。麓の天川村には、古い歴史を誇り日本3大弁財天の一つ(異説もあるが)である天河大弁財天社がある。
[編集] 関連画像
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||

