大崎オーソル

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大崎OSOL(おおさきオーソル、OSAKI OSOL)は、大崎電気工業の男子ハンドボールチームである。「OSOL(オーソル)」は、イタリア語で「地球の核」を意味する。本拠地は埼玉県入間郡三芳町

目次

[編集] 概略

1960年に創部以来、日本リーグ1回、全日本総合9回、全日本実業団10連覇を含む13回、国民体育大会14回の優勝を誇る。1960年代までは日本ハンドボール界の盟主的存在として君臨していた。

1970年代から1980年代湧永製薬ワクナガレオリック)、大同特殊鋼大同特殊鋼フェニックス)に後塵を拝し、2部落ちするなどタイトルから遠ざかる低迷の時代が続いた。1980年代後半から復活するも1990年代には2部入れ替え戦の対象となるなど再び低迷。男子部よりもよい成績を収めていた女子部を休部して男子に力を集中するようになる。2000年代に入り三陽商会のハンドボール活動休止にともない岩本真典中川善雄永島英明といったトップクラスの選手とプロ契約を結び選手層を厚くして再びトップチームとなった。将来を嘱望されていた宮﨑大輔の参加もあり、2004-05シーズンで全日本実業団、国民体育大会、さらにチーム初の日本リーグ制覇を合わせ「3冠」を達成。このシーズンに4冠を達成出来なかったのは全日本総合の決勝戦、対湧永製薬戦において悪夢のような敗戦[1]があったからである。

外国人選手による補強を行わず、日本人のみの選手構成である。プロ契約選手を持つことによって日本リーグにおいては高い水準を維持している。欧州のスター選手がいなくなった日本リーグではほとんどが元全日本・現全日本招集の経験者でありスター軍団とも言われるが、プロ契約選手と社員選手との温度差が感じられる。全日本に招集される選手が多いためにチームとしての連携の練習が不足することもあり結果的に個人技に向わせるなど連携に課題があるとされていた。

2009-2010年には、エースとして君臨していた宮崎大輔のスペインリーグへの移籍、首藤監督から岩本監督への移行による采配の変化、HONDAの横地・エストニアからの吉田・韓国からの豊田といった選手をプロ契約によって受け入れることなどにより戦術・選手層の幅が広がっている。

[編集] スタッフ・メンバー

2009年-2010年シーズン現在

  • オーナー:渡邊佳英
  • 部長:渡辺光康
  • 副部長:川端晴幸
  • GM:矢内浩
  • 監督:岩本真典
  • コーチ:近藤恒俊
  • トレーナー:赤尾和彦
  • トレーナー:尾中祐二
  • 1:浦和克行(GK):2004年~:全日本
  • 2:染谷雄輝(CP):2009年~:新人
  • 3:小澤広太(CP):2007年~:全日本
  • 4:前田誠一(CP):2003年~:全日本
  • 5:中川善雄(CP):元全日本
  • 6:豊田堅治(CP):2009年復帰・全日本・韓国チームからの移籍
  • 7:望月孝太郎(CP):2006年~
  • 9:永島英明(CP):全日本・主将
  • 10:太田芳文(CP):2001年~:元全日本
  • 11:横地康介:(CP):2009年~:全日本・HONDAからの移籍
  • 12:東祐三(GK):2007年~(元レオリックの東選手は実兄)
  • 13:森淳(CP):2009年~:新人
  • 14:岩永生(CP):2005年~:全日本
  • 15:夏山陽平(CP):2009年~:新人
  • 16:石原秀久(GK):2002年~
  • 17:秋山喜彦(CP):2005年~
  • 18:内田雄士(CP):2005年~:元全日本
  • 19:猪妻正活(CP):2004年~:全日本
  • 22:吉田耕平(GK):2009年~:海外からの移籍

[編集] 近年のタイトル

  • 2004-2005:実業団選手権、国民体育大会、日本リーグ。
  • 2005-2006:国民体育大会連覇、全日本総合。
  • 2006-2007:国民体育大会三連覇。
  • 2007-2008:国民体育大会四連覇。
  • 2008-2009:実業団選手権、国民体育大会五連覇。

[編集] 脚注

  1. ^ 湧永製薬側の反則により湧永CPが一時的に3人退場するという圧倒的優位な状況にもかかわらず、2分間の間ほとんど得点を伸ばすことが出来ず残り時間6秒時点で4点差(24-20)を追いつかれ延長に突入。26-28で逆転負けした。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月17日 (土) 17:07 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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