大平シロー

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大平シロー(タイヘイシロー、本名:伊東博 1956年10月30日 - )は、喜劇役者芸人お笑いタレント放送作家大阪府泉大津市出身。泉大津市立誠風中学校卒(オール阪神と同級生)、大阪府立泉大津高等学校卒業。現在の所属事務所吉本興業東京。血液型B型。一時期「太平詞郎」と名乗っていた事もある。

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[編集] 来歴

太平一門である漫才トリオ・レツゴー三匹に師事し、1976年大平サブローとともに「太平サブロー・シロー」のコンビ名で松竹芸能所属の漫才コンビとしてデビュー。シローは駆け出しからずっと相方が決まらず複数の相方を変遷した経緯がある。ただしこのサブローとのコンビは比較的安定していた。

その後、毎日放送のテレビ番組「ヤングおー!おー!」出たさに吉本興業への移籍をひそかに望むが、当時は吉本と松竹との協定で相互の芸人の引き抜きは禁じられていた。そのために悩んでいた所、師匠のレツゴー三匹から弟子の立場を破門される。実は2人の心移りを知っていたレツゴー三匹が吉本へ行くことが可能になるように芝居を打ってのこと(従って師匠・弟子としての関係は続いている)。

後にコンビ解消。シローは浮世亭ジョージと「ジョージ・シロー」というコンビを組んで凌ぐ。サブローは鳳キング・ポーカーのポーカーと「チンカラホイ」を結成もすぐに解消し失踪、ラーメン屋を経営。

1980年代俄かに湧いた漫才ブームという時代の波に乗り、人気漫才コンビとしての地位を確立した。1988年には、吉本から独立して東京の芸能プロダクションに所属、東京を意識してか、標準語でテレビ番組に出演。

1992年に漫才コンビは解散。同年第16回参議院議員通常選挙国民党の姉妹団体・文化フォーラム公認で比例区から立候補するも落選。一時は「芸人をやめて日本一のラーメン屋を目指す」などと周囲に漏らすこともあった。当時は様々な言動や情緒不安定な奇行がマスコミに取りざたされた。

1999年に吉本へ復帰。当初は放送作家としての活動が中心だったが、大平マサヒコ(現:太平まさひこ)と漫才コンビを結成し舞台に。しかし、ほどなく解消。以降はピンで活動する。

喧嘩別れする形でのコンビ解消、サブロー単独での吉本復帰(後にシローも吉本復帰)などの要因で、かつての相方大平サブローとは、絶縁状態とされていたが現在は関係修復されており、サブローがトーク番組でも「あの時シローちゃんが…」と、今でもシローの話をすることがある。

吉本内部でザ・ぼんち、B&Bのようにコンビ復活させる案も出たが、実現には至っていない。

現在、タレント業のほか、太平かつみ(現、かつみ・さゆり)、小米良啓太吉本新喜劇)、チュチュら弟子も抱え、更に居酒屋やバー等飲食店の経営も行うマルチな活躍をしている。放送作家としても活動中。

放送作家の仕事では本名の「伊東博」名義で『紳助の人間マンダラ』の構成や『走れ!ガリバーくん』にブレーンとして参加していた。

オール阪神とは中学の同級生。

東京本社所属でありながら、東京での仕事は滅多な事がない限りしていないが、2006年に映画「旅の贈りもの 0:00発」に出演し、久々にスクリーンに姿を見せた。

[編集] ものまねのレパートリー

彼が行っている(もしくは行っていた)ものまねは岡田圭右ますだおかだ)も行っている。

[編集] レギュラー番組

[編集] ラジオ

[編集] インターネット

  • 「社長!」(eo光TV、K-CAT

[編集] 出演していた番組

[編集] 映画

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[編集] CM

[編集] CD

<太平サブロー・シローのコンビで>

[編集] 関連項目

最終更新 2009年9月16日 (水) 22:44 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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