大庭柯公

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大庭 柯公(おおば かこう、1872年7月27日 - 1924年?)は、日本の新聞記者。本名は景秋(かげあき)。山口県長府出身。

幼時は苦労したといわれる[要出典]が、壮年、政治、経済、歴史、外交など諸分野に通じ、また英、露、独、仏の各語を操り、同輩に軽重された。大阪毎日新聞記者となり、大阪朝日新聞に移り、明治30年ころモスクワに行き、以来、数回にわたってヨーロッパと往復し、その間、南洋、南アメリカ、中央アジアなどをも歴訪し、見聞をひろめ、世界大戦にさいしては大阪朝日記者として東部戦線のロシア軍にしたがった。

帰国後、文筆をもって立ち、多趣味の随筆で知られたが、1919年読売新聞社が買収されると、招かれて編集局長となった。社会運動に関心をもち、著作家組合、日本社会主義同盟の創立にかかわり、1921年秋、ロシアへの関心から読売をやめ、シベリアからロシアに入ったが、何らかの嫌疑でウテルスカヤ監獄に7ヶ月監禁された。のちシベリアに送られ、そこで1924年に死刑に処せられたらしい[要出典]。1924年11月、遺留金として220米ドルが夫人に渡され、1925年1月、関係者によって東京で仮葬儀が営まれた。[1]没後友人関係者によって全集が刊行された。

大庭は1902年頃にウラジオストクエスペラントを学び、日本エスペラント協会(JEA)に入会。エスペラントの普及活動に当たった。

[編集] 著書

  • 『柯公全集』全5巻・別巻2 大空社  
1995年に復刻、セットのみ購入可能
中公文庫 1980年代に刊行

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  1. ^ 中公文庫『露国及び露人研究』の解説(久米茂執筆)による。


最終更新 2009年11月30日 (月) 00:57 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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