大日本帝国 (映画)
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『大日本帝国』(だいにっぽんていこく) は、1982年に公開された東映配給の戦争映画である。
「シンガポールへの道」と「愛は波涛をこえて」との二部構成の長編。
『二百三高地』の大ヒットを受けて製作された。1980年代前半に東映が8月に公開していた一連の舛田利雄監督、笠原和夫脚本の戦争映画の1本。
目次 |
[編集] あらすじ
天皇から庶民まで多くの人物をパノラマ的に登場させ、太平洋戦争を描写していく。
[編集] スタッフ
[編集] 出演
- 丹波哲郎(東条英機)
- 仲谷昇(近衛文麿)
- 高橋昌也(木戸幸一)
- 織本順吉(豊田貞次郎)
- 田村高廣(下村定)
- 浜田寅彦(賀屋興宣)
- 西郷輝彦(大門勲)
- 三浦友和(小田島剛一)
- あおい輝彦(小林幸吉)
- 篠田三郎(江上孝)
- 愛川欽也(小川金作)
- 関根恵子(新井美代)
- 夏目雅子(柏木京子・マリア)
- 河原崎次郎(北川勝馬)
- 若山富三郎(石原完爾)
- 原田清人(東郷茂徳)
- 山本清(嶋田繁太郎)
- 林孝一(鈴木貞一)
- 小山源基(鈴木貫太郎)
- 弘松三郎(及川古志郎)
- 山口明(南雲忠一)
- 近藤宏(阿南惟幾)
- 高野陸志(井桁敬治)
- 南道郎(加来止男)
- 近藤洋介(山口多聞)
- 高木禮二(豊田副武)
- 敷佐三郎(斉藤義次)
- 本庄正則(梅津美治郎)
- 市村萬次郎(昭和天皇)
- 稲野和子(東条勝子)
- 梅宮辰夫(ヒゲ兵曹)
- 佐藤允(桐山軍曹)
- 川地民夫(古川曹長)
- 大和田伸也(小森軍医)
- 湯原昌幸(由良一等兵)
- 小倉一郎(本堂一等兵)
- 南廣(赤松大佐)
- 石橋雅史(参謀)
- 青木義朗(警官)
- 汐路章(刑事)
- 倉地雄平(刑事)
- 内田稔(ナレーター) 他
[編集] 主題歌
[編集] 評価
脚本の笠原和夫によると、右派の作曲家黛敏郎は「非常に巧みに作られた左翼映画」と評し、左派の映画監督山本薩夫は「非常にうまく作られた右翼映画」と評したとのこと。 その原因の一つは、戦犯として処刑される兵士の吐く「天皇陛下、お先に参ります」という台詞だった。山本薩夫はこれを天皇への忠節と解釈し、一方では「天皇も戦争の責任を取ってあの世へ来い」という天皇批判という解釈もあり、どちらか判断しづらいと公開当時問題になった。脚本の笠原自身は天皇批判の意図であり、直接天皇批判を盛り込むのは東映が難色を示すため、間接的な表現で巧妙に仕込んだものだったという。
「二百三高地」同様、日本共産党の機関紙・「赤旗(現・しんぶん赤旗)」から「戦争賛美映画」「軍国主義賛美映画」「右翼映画である」と批判されている。
評論家の佐藤忠男は、戦争指導者に同情的なことや、日本の戦争責任の描き方に批判的な論調であるが、太平洋戦争を全面的には美化せず、戦死者を無駄死にと描いており、日本人の自己憐憫の映画だと指摘している[1]。四方田犬彦はスタジオシステムが崩壊しつつあった中で観客を大量動員するための企画の1本で、内容的には軍事強国だった日本へのノスタルジーをかきたてるものだと、日本映画史の中で位置付けている[2]。
[編集] その他
- 予告編でもアピールされているが海外ロケが全般になっており太平洋戦線上のサイパン島やレイテ島などでも撮影された。
- 劇中における真珠湾攻撃の映像はアメリカの戦争映画「ミッドウェイ」に流用されている(その時は手書きの字幕がカットされた)。
- 劇中において戦車戦が繰り広げられるが日本軍の戦車は細部が異なり独特のサスペンションや斜めの機関銃などは見受けられない。
[編集] 脚注
[編集] 参考文献
[編集] 関連項目
最終更新 2009年9月26日 (土) 23:13 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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