大松沢丘陵

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松島周辺の空撮(写真上が北北東。2009年10月)。松島丘陵東端が沈んで出来た松島から北北東に旭山丘陵が延び(写真中央)、江合川を挟んで北西方向に篦岳丘陵が延びる(写真中央から右側)。上記3丘陵にの字状に囲まれて大松沢丘陵の東端が見える(写真左側)

大松沢丘陵(おおまつざわきゅうりょう)は、宮城県のほぼ中央を、松島丘陵(狭義)と平行に東西に横たわる丘陵陸前丘陵の一部。

目次

[編集] 概要

北側と東側を鳴瀬川によって、西側と南側を吉田川とその支流によって区切られる孤立性の丘陵であるが、西側の吉田川支流による平坦地は狭く、奥羽山脈から連続する台地と認識されることもある。丘陵の内部には吉田川支流によっていくつもの狭い谷筋が走り、水田がつくられている。この丘陵を迂回するように、西側の平坦地を国道4号および国道457号(旧羽後街道)が通る。なお、東北自動車道東北新幹線は、この丘陵を直線的に縦断して開削・建設された。旧奥州街道は、国道4号と東北自動車道のちょうど中間辺りを両者と平行に当丘陵越えの道として通っていた[1]

大松沢丘陵は松島丘陵(狭義)とは異なり、東端は仙台湾に達せずに鳴瀬川で終わっており、概ね鳴瀬川流域の志田郡大崎地方南部)と吉田川流域の黒川郡仙台都市圏北部)との境界となっているが、志田郡のうち旧鹿島台町は黒川郡と同じ丘陵南側の平野に位置する。この旧鹿島台町と黒川郡との境界は日清戦争期まで存在した品井沼という低湿地であった。かつての品井沼は、大松沢丘陵南東の吉田川と鳴瀬川が合流地にあり、海側の松島丘陵と旭山丘陵がダムのように連なっていたため、鳴瀬川の溢出路が阻まれて出来た。このような大松沢丘陵・品井沼・松島丘陵(狭義)による地形は、古代から交通の障害となっており、東北地方を南北に分ける境界になってきた(→松島丘陵参照)。そのため、境界となってきたこれら地形全体で、広義の松島丘陵という。東北本線は、これら広義の松島丘陵の地形的要素を克服しながら建設され、当地を通過する部分については1890年(明治23年)4月16日に開通した。

[編集] 現在の利用

ほとんどを丘陵部の森林と谷筋の水田が占めるが、工業団地ゴルフ場レクリエーション施設・牧場が造成されている。丘陵の東部にある石の宮、高寺山、大日向山がやや高い山となっているが、その他には目立って高い山はない。

1983年、国によって仙台北部地域がテクノポリスに指定され、その中核として東北自動車道大和ICに近い大松沢丘陵西部に仙台北部中核工業団地が造成された。周辺の松島丘陵(狭義)や丘陵の裾野部分にも工業団地が造成され、当丘陵周辺は、宮城県の機械工業と流通の集積地となっている。特に、トヨタ自動車系のセントラル自動車が第二仙台北部中核工業団地に進出を決めてから、東北地方における重要工業地域と見なされるようになった。

[編集] 主な施設

工業流通団地
  • 仙台北部ツインヒルズ
    • 仙台北部中核工業団地
    • 第二仙台北部中核工業団地
  • 大和流通団地
  • 大和インター周辺流通
  • 大衡工業団地
レクリエーション施設
その他
  • 宮城県林業技術総合センター

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年12月2日 (水) 02:21 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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