大沢伸一

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大沢伸一
基本情報
出生 1967年2月7日(42歳)
出身地 日本滋賀県大津市
ジャンル エレクトロ
ハウス
職業 作曲家
編曲家
プロデューサー
ベーシスト
担当楽器 ベース
活動期間 1991年 -
レーベル rhythm zone
共同作業者 MONDO GROSSO
ravex
Bradberry Orchestra
公式サイト Official Website
  

大沢 伸一(おおさわ しんいち、1967年2月7日 - )は、滋賀県大津市出身のミュージシャンDJ音楽プロデューサーベーシストリミキサー等、数々の肩書きを持つ。血液型O型。

目次

[編集] 人物

MONDO GROSSOのリーダー。1991年京都で結成したバンド、MONDO GROSSOのリーダー兼ベーシストとして音楽活動をスタート。1996年、彼以外のメンバーがバンドから脱退、バンド形式としての同バンドの活動に終止符を打つ。以降、様々なアーティストへの楽曲提供、プロデュースリミックス、そしてアーティストを楽曲のゲストとしてフィーチャリングする等、個人名義のコラボレーション・ユニットとして現在に至る。数々のコラムの中で、自身を「音楽的多重人格者(Musical Multi Personality)」と称している記述が見られる。尚、この単語は大沢伸一自身が自らを呼称する為に使用した造語である。(HMUSIC.JP コラムVol.1他参照。)現在、アーティストのプロデュース・リミックス並びにDJとしても海外に視野を広げるなど、活動は多岐にわたる。

[編集] 来歴

  • ギターを中学生の頃から始める。NEW WAVE洋楽やYMO等に音楽的影響を受ける。高校の頃より京都を中心にバンドでベースを担当。その後はアパレル業界に就いた時期もあった。
  • 1991年にバンド、MONDO GROSSOを京都にて結成。リーダーを務め、バンド内ではベースギターを担当する。アシッドジャズボサノヴァを中心とした楽曲の生演奏で数々のクラブにおいて高い評価を得る。
  • 1993年に同バンドがフォーライフ・レコードからメジャーデビュー。アルバム、「MONDO GROSSO」が海外でも好評を得る。この頃、デビューを機に上京し、以前から親交の深かった沖野修也(現KYOTO JAZZ MASSIVE)と共に東京都渋谷区桜ヶ丘においてクラブ、「THE ROOM」の設立にも尽力。同クラブ内でのバンド活動も頻繁に行われた。尚、同クラブは現在も沖野修也がオーナーを務める。
  • 1995年セカンドアルバムである「BORN FREE」を発売。同時期、ヨーロッパツアーを数度敢行する。翌1996年のヨーロッパツアーを最後に他のバンドメンバーが離脱、自身がリーダーを務めるMONDO GROSSOは個人名義のコラボレーション・ユニットの形式へと移行し、新たなスタートを切る。
  • 1997年サードアルバム、「Closer」を発売。この頃までにCLEMENTINEMonday満ちるUA等を既にプロデュースしており、またこの年からCharaりょうの楽曲をプロデュースする等、プロデューサーとしての活動が極めて精力的になる。
  • 1998年にはMonday満ちると共にViva Unityという短期ユニットを結成し、「'hood ORIGINAL SOUNDTRACK」アルバムに参加。
  • 1999年、レコード会社をSony Music Associated Recordsに移籍し、同社で自身のレーベルである、REALEYESを設立。このレーベルから第一号アーティストとしてbirdをプロデュース。ファーストアルバムが大成功を収める。
  • 2000年、MONDO GROSSO再始動。アルバムMG4が世界各国で発売される。
  • 2001年Crystal Kaywyolica等楽曲をプロデュース。
  • 2002年、日本人アーティストとして唯一となる、FIFAワールドカップ公式アルバム「FEVER PITCH」への楽曲提供を試みる。また、ジャミロクワイの楽曲のリミックスを担当。こちらは日本人アーティストとして初の快挙となった。また、この年にbirdがREALEYESレーベルから卒業。
  • 2003年にBoAをフィーチャーしたヒット曲「Everything Needs Love」を含むハウスミュージックを大胆に導入した5thアルバム、「NEXT WAVE」を発売。クラブミュージックとしては異例の大ヒットとなる。
  • 2004年、自身のレーベル、REALEYESの名称をFEARLESS RECORDSへと変更。この年同レーベルの元、12月8日福岡県出身の女性歌手、信近エリがデビュー。
  • 2005年、一年を通して信近エリのプロデュースに全力を注ぐ。ちなみにシングルからアルバムまで、全てのフル・プロデュースを行うのはbird以来である。
  • 2005年秋m-floのリミックスアルバム「DOPE SPACE NINE」に参加。TRIPOD BABYのリミックスを手がける。
  • 2006年初頭に土屋アンナの楽曲のリミックスを手がける。
  • 2006年春エイベックス・エンタテインメントに移籍。
  • 2007年夏、RYUKYUDISKOのアルバムに参加。
  • 2007年秋、MONDO GROSSOとしてではなく、Shinichi Osawaとして初のオリジナルアルバム「The One」を発売。
  • 2008年安室奈美恵の楽曲「WHAT A FEELING」(アイリーン・キャラの同曲のリメイク)のプロデュースを手がける。
  • 2008年春、浜崎あゆみのリミックスアルバム「ayu-mix-6-GOLD」に参加。
  • 2008年夏、Shinichi Osawaとして初のオリジナルアルバム「The One」のリミックスアルバム「The One+」をリリース、リミキサーには、「FREEFROM FIVE」、「ARMAND VAN HELDEN」、「DE DE MOUSE」などが参加。
  • 2008年秋、m-floの☆Taku TakahashiとFantastic Plastic Machineの田中知之と共にavexの20周年記念プロジェクトravexを結成する。
  • 2008年冬、GIRL NEXT DOORDJ OZMAの楽曲のリミックスを手がける。
  • 2009年3月、布袋寅泰CHEMISTRYの楽曲プロデュースをする。
  • 2009年6月、北米ツアーを開始する。
  • 2009年9月、初のリミックス・ワークスアルバム「TEPPAN-YAKI –A Collection Of Remixes」を発売。
  • 2009年10月、Mr.Childrenなどのプロデューサで知られている小林武史、とBradberry Orchestraという新ユニットを結成する。

[編集] ディスコグラフィー

[編集] 関連項目

他の音楽プロデューサー、ミュージシャン並びにDJとも親交が厚い。

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月10日 (火) 13:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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