大沢商会グループ
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場
|
| 本社所在地 | 〒107-0062 東京都港区南青山2-12-14 ユニマット青山ビル6階 |
| 電話番号 | 03-5775-3931(本社代表) |
| 設立 | 2003年2月4日 |
| 事業内容 | 海外商品の輸入卸販売及び、国内商品の企画、販売 |
| 代表者 | 代表取締役会長 高橋洋二(ユニマットグループ代表) 代表取締役社長 黒坂則昭 |
| 資本金 | 1億円 |
| 売上高 | 56億円(2006年度) |
| 従業員数 | 73人(2007年7月1日現在) |
| 主要株主 | 株式会社ユニマットホールディング 株式会社ユニマットライフ |
| 特記事項:創業は1890年(明治23年)・京都にて。なお現グループ以前の株式会社としての改組は、1919年4月10日である。 | |
株式会社大沢商会グループ(おおさわしょうかいグループ、英称:J.Osawa Group Co., Ltd. )は、東京都港区南青山に本社を置く、海外商品の輸入卸販売や国内商品の企画販売を行う専門商社である。
目次 |
[編集] 概要
1890年に京都で柱時計を製造する会社として創業され、創業から今日に至るまで国内外の高級ブランドを取り扱っている。
1928年にベル・ハウエルを扱い始めた他、1955年にはアメリカに現地法人を立ち上げて東京光学(現トプコン)の二眼レフカメラプリモフレックス等を輸出し、1980年代には独自ブランドのレンズを販売しており、現在でも映像機材の分野に強い。
時計、映像機器以外でもスポーツ用品、アパレル等幅広い製品を扱っている。
1984年、戦後第3位の記録となる1250億円の負債を抱えて会社更生法に基づく更生手続の開始を申請し倒産。西武百貨店を中核としたセゾングループの一員となり再建した。その後セゾングループから離脱し、現在はユニマットグループの傘下にある。
[編集] 沿革
- 1890年(明治23年) - 大沢善助が京都で柱時計を製造する会社として創業。
- 1895年(明治28年) - 第4回内国勧業博覧会の際アメリカ合衆国のアンソニアと輸入契約を結び、以後機械の自社製造を諦めアンソニア製の機械を国産の箱に入れて販売するようになる。
- 1897年(明治30年) - 大沢商会設立。
- 1904年(明治37年)5月 - 時計工場が火災で焼失。
- 1919年(大正8年)4月10日 - 改組。
- 1928年(昭和3年) - ベル・ハウエルの輸入を開始。
- 1955年(昭和30年) - アメリカに現地法人設立。
- 1962年(昭和37年) - 本社を京都から東京に移す。
- 1972年(昭和47年) - フランスに現地法人設立。
- 1984年(昭和59年)2月29日 - 会社更生法適用により倒産。セゾングループ傘下で再建を行なう。
[編集] 取り扱いブランド(過去も含む)
- ゼロハリバートン(ブリーフケース)
- ゼニス
- ジャガー・ルクルト - 現在は日本デスコが正規代理店になっている。
- ブライトリング - 現在は日本法人であるブライトリング・ジャパンが正規代理店になっている。
- ラコステ
- ベル・ハウエル(アメリカ・撮影機材)
- アンジェニュー(フランス・撮影機材)
- アリフレックス(ドイツ・撮影機材) - 現在のデジタル化する以前のニュース、映画の映像の分野で活躍し、当時NHK、札幌テレビ放送、仙台放送、北陸放送などのテレビ局の他、三船プロダクションなどを主な顧客に持っていた。
- アルファ・ロメオ - フィアット傘下に入った現在は、日本法人であるフィアット・オートジャパンが日本総輸入元となっている。
[編集] 関連項目
- 白洲次郎 - 一時会長をしていた。
- J.O.スタヂオ - 大沢商会が開いた貸しスタジオで、後に東宝映画京都撮影所に発展した。
- セゾングループ
- ユニマットホールディング
- 藤田元司 - 元東京讀賣巨人軍監督、大沢商会のコマーシャルに出演していた。
- 高杉良 - 倒産から再建までのいきさつが、作品「会社蘇生」に著されている。
- マミヤ・オーピー - 前身のマミヤ光機が大沢商会の倒産を受けて連鎖倒産した。
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月3日 (土) 06:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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