大津駅
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| 大津駅 | |
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北口(事実上の正門)
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| おおつ - Ōtsu | |
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◄膳所 (1.7km)
(4.5km) 山科►
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| 所在地 | 滋賀県大津市春日町1-3 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
| 所属路線 | ■東海道本線(琵琶湖線) |
| キロ程 | 503.6km(東京起点) 米原から57.7km |
| 電報略号 | オツ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面4線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
17,769人/日(降車客含まず) -2007年- |
| 開業年月日 | 1921年(大正10年)8月1日* |
| 備考 | みどりの窓口 有 |
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* 過去にも「大津駅」を名乗った駅あり(歴史参照)
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大津駅(おおつえき)は、滋賀県大津市春日町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)東海道本線(琵琶湖線)の駅である。
目次 |
[編集] 駅構造
島式ホーム2面4線の地上駅。駅の北側に北口改札(びわ湖口)、南側に南口改札がある。地下道から各ホームへ、階段が2本、ホームエレベーターが1本ずつ通じている。北口の駅業務は直営であるが、南口はジェイアール西日本総合ビルサービスに委託されている。
当駅の京都方面寄り(当駅と新逢坂山トンネルの間)にはカーブがあり(最急は下り外側線で半径500m)、下り線は95km/h、上り線は105km/hの制限を受ける。
ICOCA利用可能駅(相互利用可能ICカードはICOCAの項を参照)。
| 1 | ■琵琶湖線(下り外側線) | 京都・大阪方面(全ての特急と一部列車) |
|---|---|---|
| 2 | ■琵琶湖線(下り内側線) | 京都・大阪方面 |
| 3 | ■琵琶湖線(上り内側線) | 草津・米原方面 |
| 4 | ■琵琶湖線(上り外側線) | 草津・米原方面(全ての特急と一部列車) |
- 全ての特急のほか、草津線直通電車(下りは一部を除く)と一部の新快速が外側線(1,4番のりば)を使用、その他の電車は内側線使用。
- 開業時から2面4線駅だったが、複々線化の際、棒線化。
- 絶対信号はなく、閉塞信号のみを持つ。
[編集] 駅周辺
- アルプラザ大津
- etoile(エトワル)美容院
- 滋賀県庁
- 大津地方裁判所(司法の独立の象徴の裁判所 大津事件)、大津家庭裁判所
- 滋賀県警察本部
- 滋賀銀行本店
- びわこ銀行本店
- 大津駅前郵便局
- 大津市立逢坂小学校
- 天孫神社本殿
- 国道1号
駅周辺は官公庁が多い。駅前には消費者金融が数多くあり、それらの派手な看板がホームから目だって見えるため、初めて訪れる人が驚くこともある。最近おしゃれな飲食店、雑貨屋、美容院が増えてきた。 琵琶湖を望めるホテルが多数あり、大阪や京都へのアクセスもよい。
[編集] バス路線
[編集] 歴史
現在の大津駅は1921年に開通した膳所 - 京都間の新線上に新線開通と同時に開業したもの。
[編集] 大津駅の変遷と大津支線
大津駅は当初、大阪方面からの線路が延びてきた折りにできた、現在の京阪京津線浜大津駅の地点に置かれた。列車は馬場駅(現、膳所駅)でスイッチバックを行って当時の大津駅に入っていた。
これは、まず東京と京都・大阪を鉄道で結ぶという目標を立てる中で、新政府がその財政難から、滋賀県内では線路を敷設せず、まず琵琶湖の水上輸送を鉄道輸送の代行手段にしたからである。乗客は大津 - 長浜を太湖汽船の鉄道連絡船で移動した(当時の長浜駅舎が現在のそれとは直角に位置していたのも、港を向いているからである)。
しかも、逢坂山を越えてきた線路は湖岸から見ると高い位置にあり、逢坂山トンネル出口から直接大津駅に向かうことはできず、一旦馬場駅でスイッチバックを取る形となった。なお、この日本で初めての鉄道連絡船である大津 - 長浜間航路は日に3便、所要はおよそ3時間であったが、強風等で運休となることもしばしばあるなど、必ずしも安定な輸送手段ではなかったようである。
その後、琵琶湖の東岸に沿う区間の鉄道敷設工事は進み、1889年(明治22年)にいわゆる湖東線、膳所 - 米原 - 関ヶ原間が開業、現在の東海道本線の原型が形作られることになった。そしてこの時点で琵琶湖航路は廃止となり、馬場 - 大津間は旅客営業をいったん廃止し、東海道線の無名貨物支線となった。大津駅は支線の貨物駅となった。
しかし、請願によりこの支線では1898年(明治31年)に旅客営業が再開された。この際に設けられた紺屋関駅と、旅客営業を再開した石場駅の間はわずか0.3哩(≒500m)で、当時の官鉄の最短駅間区間であった。
1909年(明治42年)には線名制定により大津線と命名される。
1913年(大正2年)3月、京阪石山坂本線の前身となる大津電車軌道が旅客営業を開始すると、大津線の旅客営業は廃止され、再び東海道本線の無名貨物支線となる。同6月に馬場駅を(2代目)大津駅に、(初代)大津駅を浜大津駅に改称した。
更にその後、(2代目)大津 - 京都間のルートを新逢坂山トンネルの開削によって短絡することになった。これに伴い、新線上に(3代目)大津駅をそれまでの駅より西に移ったところに設置し、それまでの(2代目)大津駅は馬場駅に名が戻され、貨物駅となった。同駅は1934年(昭和9年)に再び旅客駅となり、膳所駅に改称した。
なお、この貨物支線は1913年(大正2年)から線路を京阪石山坂本線と共用していたが、軌間が異なるため三線軌条となっていた。この支線は、1945年より近江今津からの江若鉄道も直通運転したが、江若鉄道の廃止に伴い1969年(昭和44年)に廃止された。国鉄時代は駅弁も販売されていた(京都駅と同一の業者が販売)。
[編集] 年表
- 1880年(明治13年)7月15日 - 官設鉄道の大谷 - 馬場 - 大津間延伸により、大津駅(初代・後の浜大津駅)開業。
- 1913年(大正2年)6月1日 - 馬場駅を大津駅(2代目)に、大津駅(初代)を浜大津駅に改称。
- 1921年(大正10年)8月1日 - 大津駅(2代目)を馬場駅に改称。同時に東海道本線の馬場 - 京都間のルート変更により、新線上に大津駅(3代目)開業。
- 1975年(昭和50年) - 大津駅(4代目)4月1日開業(業務は1月26日から)
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道の駅となる。
- 2000年(平成12年) - 大津駅南口再開発事業により南口を新設。
- 2003年(平成15年)11月1日 - ICカードICOCA供用開始。
[編集] 隣の駅
- 西日本旅客鉄道
- ■琵琶湖線(東海道本線)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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