大理国
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大理国(だいりこく、dàlǐguó)は、937年に白蛮(チベット系のペー族)出身の段思平が南詔にかわって樹立し、現在の雲南地方を主たる領域として統治していた国家。集権的ではなく、王権はそれ程強くなかったとされる。1254年雲南・大理遠征を受け、大理は元の世祖クビライに降伏、その地はクビライの庶子フゲチに与えられ、雲南王国(のち梁王国)となった。大理の旧王家の段一族は、フゲチとその子孫に仕え、子女を梁王家に嫁がせるなど、この地における支配者集団の一員としての地位を保ち続けた。1390年に明朝が梁王国を滅ぼした際、段一族は梁王家を裏切り、明に取り入って大理国の復活を目論んだが、領内にあった東アジア有数の銀山に目をつけていた洪武帝は段氏による王国復活を拒否、この地を中国に併合し、南詔以来の独立王国の歴史はここに終焉を迎えた。
目次 |
[編集] 歴代王
[編集] 前大理(938年 - 1094年)
- 太祖神聖文武帝(段思平)
- 文経帝(段思英)
- 文成帝(段思良)
- 広慈帝(段思聡)
- 応道帝(段素順)
- 昭明帝(段素英)
- 宣肅帝(段素廉)
- 秉義帝(段素隆)
- 聖徳帝(段素真)
- 天明帝(段素興)
- 孝徳帝(段思廉)
- 上徳帝(段廉義)
- 上明帝(段寿輝)
- 保定帝(段正明)
[編集] 大中(1095年 - 1096年)
- 富有聖徳表正帝(高昇泰)
[編集] 後大理(1096年 - 1253年)
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