大真鶴健司

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大真鶴 健司(だいまなづる けんじ、1977年1月16日 - )は、奈良県吉野郡川上村出身で朝日山部屋所属の現役大相撲力士。本名は大前健司(おおまえ けんじ)。身長188cm、体重166kg。最高位は西前頭16枚目(2006年7月場所)。得意手は右四つ、寄り、血液型はO型。

目次

[編集] 来歴

1992年5月場所初土俵。出世は決して早くはなかったが着実に番付を上げて行き、1997年11月場所には幕下に昇進した。右四つが得意で、その頃から将来を嘱望される様になったが、引いて押し出される相撲が多く幕下上位で苦労した。その間2001年11月場所には幕下優勝を果し十両を狙える地位まで昇進したが、一度は跳ね返された。しかし、2003年11月場所に再び幕下優勝。西幕下16枚目だったが関取定員増加の恩恵を受けて翌2004年1月場所に十両に昇進した。この場所の新十両には大真鶴のほかに後に横綱に昇進する白鵬もいた。

2場所で幕下に陥落したが2005年1月場所に十両に復帰すると十両に定着。2005年9月場所には西十両5枚目まで番付を上げた。その場所は6勝9敗と負け越したが、2005年11月場所は西十両8枚目で9勝6敗と勝ち越し。2006年1月場所には東十両4枚目に昇進し、8勝7敗と勝ち越した。十両上位で負け越した力士が多かったため3月場所の新入幕が予想されたが、入幕はならなかった。翌3月場所は西十両2枚目で8勝7敗したが、幕内から陥落する力士の数も少なく、入幕に届かなかった。しかし西十両筆頭に上がった5月場所では8勝7敗と4場所連続の勝ち越しを決め、7月場所では初土俵からの所要85場所での、史上6位タイのスロー出世での新入幕を果たした。しかし、幕内のレベルの高さに苦労し、2勝13敗におわり、1場所で陥落となった。その後は十両に在位していたが、2007年9月場所で左眼窩底骨折のため途中休場し、11月場所では幕下に陥落した。関取在位あと1場所で既存部屋継承限定の年寄襲名資格(通算20場所)を得られるだけに、奮起が期待される。

幕下陥落後も不調が続いていたが、2008年7月場所で6勝1敗の好成績を挙げ8人による優勝決定戦に進出。2回戦で山本山に敗れ優勝は逃したものの、9月場所では幕下上位に番付を戻すことになった。

[編集] 幕内での場所別成績

大真鶴健司 [1]

一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2006年
(平成18年)
x x x 西 前頭 #16
2–13
 
(十両) (十両)
2007年
(平成19年)
(十両) (十両) (十両) (十両) (十両) (幕下)
2008年
(平成20年)
(幕下) (幕下) (幕下) (幕下) (幕下) (幕下)
2009年
(平成21年)
(幕下) (幕下) (幕下) x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 十両・幕下

三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口

幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

[編集] 主な成績

2008年7月場所終了現在

  • 通算成績:414勝402敗15休(98場所)
  • 幕内成績:2勝13敗(1場所)
  • 十両成績:122勝137敗11休(18場所)
  • 各段優勝:幕下2回(2001年11月場所、2003年11月場所)

[編集] 改名歴

  • 大前 健司(おおまえ けんじ)1992年3月場所-1994年9月場所
  • 二瀬若 健司(ふたせわか-)1994年11月場所-1999年11月場所
  • 大真鶴 健司(だいまなづる -)2000年1月場所-

[編集] その他

  • 故郷の川上村は過疎化が進んだ村で、山林が90%という。そのため、「川上村の星」などとも呼ばれている。準ご当所の春場所には川上村から応援団が来ることもある。
  • 「大真鶴」の四股名は、部屋の大先輩にして同郷である真鶴と現師匠の現役時の四股名である大受から取られている。

[編集] 脚注

  1. ^ "Rikishi in Juryo and Makunouchi" (English). szumo.hu. 2007-07-10 閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年8月25日 (火) 03:58 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【大真鶴健司】変更履歴

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