大竹市強盗殺人事件
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大竹市強盗殺人事件(おおたけしごうとうさつがいじけん)とは、広島県大竹市で起こった強盗殺人事件。犯人はこれから16年後の1979年(昭和54年)1月26日に三菱銀行人質事件を起こした梅川昭美。
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[編集] 概要
- 1963年12月16日、広島県大竹市栄町の土建業者の妻であったA子(当時23歳)が殺害される。A子は6ヵ所を刺されていた上に無数に殴打され、現金や株券、通帳が奪われていた。
- 1963年12月23日、強盗殺人の容疑で当時15歳だった梅川昭美が逮捕された。
- 1964年1月17日、広島家庭裁判所より中等少年院送致の処分が下される。
- 1964年5月14日、特別少年院新光学院へ移送。
- 1965年6月7日、特別少年院から仮退院。ただし保護観察は1968年2月29日まで継続。
[編集] 少年法と少年院の見解
あまりに無惨な強盗殺人だったため、成人であれば死刑又は無期懲役の厳しい刑が当然だったが、当時16歳になるまで2ヶ月ほどを残していた梅川は未成年に当たったため、少年法が適用されて1年半の服役となった。
ただし、収監した少年院は梅川の性格を「このような資質の少年を社会に放任することはきわめて危険であり、積極的に規制する必要がある。この病的な人格はすでに根深く形成されており、矯正は困難であり、些細なことで反社会的行動や犯罪に結びつきやすく、累犯の可能性が極めて高い」と鑑定している。
[編集] 犯人像
梅川は広島県小方向村生まれで、父が46歳、母が42歳という高齢で生まれた息子だった。しかもこの数年前に姉が夭折していたため、幼児期は可愛がられたという。しかし8歳のときに両親が離婚し、以後は極貧生活を送った。犯行を起こした1963年4月には私立広島工業大学付属工業高校へ進学したが1学期で退学し、その年の12月に凶行を起こした。出所後の1966年1月に大阪に移るが、1967年に父が死んだときも通夜・葬儀に顔を出すことは無かったという。
その後も非行を続けたといわれ、消費者金融などに多額の借金をしたという。1973年7月30日には上下二連式散弾銃を大阪市で購入した。そして1979年の三菱銀行人質事件でその散弾銃を使って凶行に至る。
[編集] 関連書籍
- 「猟奇事件ファイル」(宝島社)
- 「実録戦後殺人事件帳」(アスペクト)
- 「破滅。梅川昭美の三十年」(幻冬舎)
[編集] 関連項目
最終更新 2009年11月14日 (土) 05:47 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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