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大衆小説(たいしゅうしょうせつ)とは、純文学に対して、芸術性よりも娯楽性・商業性を重んじる小説の総称である。「娯楽小説」「娯楽文学」「大衆文学」は同義語。「通俗小説」「通俗文学」とも呼ばれた。

目次

[編集] 日本の大衆小説

坪内逍遙の『小説神髄』における「小説の主脳は人情なり、世態風俗これに次ぐ」という主張や、尾崎紅葉らの硯友社による文学の娯楽性の追求から、後の大衆小説の原型となる人情小説・風俗小説の流れが生まれた。

大正中期に新聞、婦人雑誌、娯楽雑誌などの大量出版物に掲載された小説は、文芸雑誌に掲載される純文学作品とは作者、読者とも大きく分かれ、「通俗小説」と呼ばれた[1]。この作家には、純文学出身の菊池寛久米正雄加藤武雄や、中村武羅夫吉川英治直木三十五などがいた。また徳田秋声の「『アンナ・カレーニナ』も通俗小説だ」という言葉のように、トルストイバルザックも私小説作家達からは同種のものと見なされていた。

「大衆」文学という語の初出は、博文館発行の『講談雑誌』(1924年春の号)に使われた、「見よ、大衆文学のこの偉観」という惹句とされている。この造語により、それまで人情小説・風俗小説と呼ばれていたジャンルが、歴史小説、時代小説等を取り込んで、大衆小説として統合されることになった。だがこの当時は、探偵小説、恋愛通俗小説はまだ「大衆小説」とは呼ばれておらず、主として「高等講談」と呼ばれた時代小説、歴史小説を指した。

芥川龍之介らと共に『新思潮』を創刊した菊池寛が、通俗小説に新境地を見出し、文壇の大御所として後生の育成に努めることにより、大衆小説はその全盛期を迎える。

大衆作家は、新聞の連載小説や、『キング』『週刊朝日』といった大衆雑誌を活躍の場とした。

主な大衆小説の書き手としては、

が挙げられる。上では便宜上作家を分類しているが、大衆小説家は幾つかのジャンルにまたがって作品を執筆するのが普通であり、上の分類も大雑把なものに過ぎない。

一般に大衆小説の作家やその作品は、同時代の純文学作家とその作品に比べ、不当に低く評価されがちである。しかし、大衆小説の持つ大衆小説ゆえの文学性が、同時代、あるいは後代の文学者に評価される例も、決して少なくはない。

現代では、自ら積極的に大衆小説作家を名乗る作家は多くない。しかし、それは大衆小説の衰亡を意味するのではない。時代小説や風俗小説を手掛ける作家自体は、現代でも数多く存在するし、探偵小説推理小説科学小説SFに名前を変えてジャンルを存続させている。

[編集] 前近代文学・外国文学について

中村真一郎は、江戸時代の洒落本黄表紙滑稽本などは通俗ものであり、たまたまその当時純文学らしいもの(当時の純文学は韻文である)がなかったため『日本古典文学全集』などに入っており、もし近代の作品を同じ基準で入れたなら、近代文学史は厖大な量の通俗小説で埋まってしまうだろうと書いている(『日本古典文学全集 狭衣物語』月報)。また平安朝物語の末流として、鎌倉時代物語、室町時代物語と総称される、亜流的物語は多数作られており、これらも大衆文学と言ってよいだろう。

また純文学・大衆文学という区別は日本だけのものだとする発言を時おり見かけるがこれは間違いで[要出典]、単にルネッサンス期から書かれ続けた厖大な大衆小説が日本では知られていないだけである。

[編集] 主な日本の大衆文学賞

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  1. ^ 『日本国語大辞典』では、里見弴『桐畑』(大正9年)で、主として若い女を泣かせるような薄幸の女を描く小説の意で「通俗小説」の語が使われている。

[編集] 参考文献

最終更新 2009年12月1日 (火) 06:47 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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