大谷石
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成分・成因と分布
特徴と用途
軽くて軟らかいため加工しやすく、さらに 耐火性に優れている。このため住宅(かまど、石塀・防火壁、門柱、敷石・貼石など)、蔵や倉庫、大きな建築物の石垣、斜面の土止め石(擁壁)といった幅広い用途を持つ。耐火性・蓄熱性の高さからパンやピザを焼く窯や石釜の構造材としても用いられる。
産地に近い宇都宮周辺では古くから、石蔵をはじめとした建築物の外壁、プラットホーム、石垣や階段、門柱に大谷石が盛んに利用されている。テレビ番組とのタイアップにより当初は宇都宮駅東口に設置された餃子像や、1932年に建設された宇都宮カトリック教会(通称:松が峰教会)も大谷石造である。
同じく地元にある下野国分寺や宇都宮城などの築造にも古くから使われた。多孔質の独特な風合いが広く知られるようになったのは、アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトが、帝国ホテル旧本館(東京)に用いてからである[2]。
地下から切り出した直後は水分が多いため青みがかっており、乾燥するにつれ茶色っぽい白色に落ち着く[3]。表面に点在する茶色の斑点は「ミソ」と呼ばれる。「ミソ」が大きい荒目より、小さい細目(さいめ)が高級品とされる。
多孔質故に風雨に晒される野外では劣化が早く、第二次世界大戦後はコンクリートに押された。近年は厚さ2cm程度に薄くスライスする技術が開発されたほか、見た目の美しさが再評価されている。さらに吸湿や消臭、音響効果があることも分かり、住宅や店舗の内装、音楽ホールへの利用が広がっている。
地下空洞の利用と陥没事故
年表
- 6-7世紀:切石積横穴式石室を持つ古墳に加工が容易な大谷石等が多く用いられる。
- 741年:現在の栃木県、下野国分寺・下野国分尼寺の礎石、地覆石、羽目石に使用される。
- 810年:大谷寺の本尊(大谷観音)は弘法大師自らが大谷石を彫り、完成させたとされる。
- 1922年:フランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテルに使用される。玄関部は現在、博物館明治村に保存されている。
- 1932年:宇都宮カトリック教会に使用される(現存する国内最大の大谷石建造物)。
- 1944年:大谷石地下採掘場の広大な空間は、陸軍糧秣廠・被服廠の地下秘密倉庫に利用される。
- 1951年:坂倉準三設計の神奈川県立近代美術館に使用される。
- 1969年:大谷石地下採掘場は年平均気温が8度前後であるため、政府米(古々米)の保管庫として利用される。
- 1979年:3月、大谷資料館がオープン。地下採掘場が公開される。
- 1989年:2月、宇都宮市大谷町坂本地区にあった昔の採掘場の跡地の地下空間が直径100m、深さ30mにわたり陥没。周囲が住宅地であったことから、住民が避難する騒ぎとなった。
- 2010年:6月、大谷石産業によって32年ぶりに新しい採掘場「石の里 希望」が作られた。宇都宮市も、市内において住宅に大谷石を使用した場合に費用を助成する制度を始めた。
採掘
運搬
エピソード
大谷石はフランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテルライト館(旧所在地は東京都千代田区内幸町、現在は愛知県の屋外型展示博物館・明治村に中央玄関を中心に移築され保存)の建材として使用されたが、その完成披露宴の当日である1923年9月1日、披露宴の準備の真っ最中に関東大震災に遭遇した。しかし、小規模な損傷を受けたもののほぼ無傷なままで残った。このことを設計者のライトは知り、狂喜したという。
脚注・出典
関連項目
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