大賀典雄
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大賀典雄(おおが のりお、1930年1月29日 - )はソニー株式会社相談役。同社元社長、会長、名誉会長。指揮者、東京フィルハーモニー交響楽団会長兼理事長。東京文化会館館長。
[編集] 来歴・人物
- 静岡県沼津市千本松原の材木商を営む家に生まれる。
- 1949年、旧制静岡県立沼津中学校を卒業後、東京藝術大学音楽学部声楽科に進学。同校在学中にソニー(当時の東京通信工業)のテープレコーダーにクレームをつけたのがきっかけで同社嘱託となる。
- ドイツに留学し、ベルリン国立芸術大学音楽学部卒業。
- 1959年9月に盛田昭夫・井深大に誘われソニーに入社する。入社してしばらくの間はバリトン歌手としても活動していた。
- 広告部長とデザイン室長を兼務し、現在のソニーブランドの礎を築いた。『SONY』ロゴのデザインを手がけたり、トランジスタラジオ・テープレコーダーなどの製品にインダストリアルデザインをいち早く取り入れる。その思想は、現在も「ソニーデザイン」として受け継がれている。
- 1964年に34歳にして取締役に就任。
- 1973年には、ソプラノの伊藤京子、山田一雄指揮東京都交響楽団との共演でフォーレのレクイエムのレコードが当時のCBSソニーから発売された。
- 1982年に社長就任。その後、会長、取締役会議長、名誉会長を歴任。
- 2006年4月1日より相談役。
- 指揮者としては、1990年に60歳の記念として東京フィルを指揮したのをきっかけに世界中の名門オーケストラと共演した。中でもベルリンの壁跡地のポツダム広場再開発地区に建設したソニー・センターの落成式典でベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してベートーベンの交響曲第9番を演奏したのは有名。
- 療養先であった長野県軽井沢町に音楽ホールがないことから、ホールの建築資金にすることを条件に退職金およそ16億円から手取額すべてを同町に寄付した。この寄付を資金として建築された音楽ホールが軽井沢大賀ホールである。
- 長年の音楽活動の中から、オーケストラの音色を決めるオーボエの重要性に着目し、Sony Music Foundationの主催で1986年に東京国際オーボエコンクールを、親交のある鈴木清三(新日本フィル)及びハンスイェルク・シェレンベルガー(ベルリン・フィル)の二人の奏者と共に立ち上げた。現在では会場を軽井沢大賀ホールに移し、軽井沢国際オーボエコンクールとして3年毎に行なわれている。
- 世界的な指揮者であるヘルベルト・フォン・カラヤンとは、コンパクトディスクの開発などで公私共に縁が深かった。1989年7月16日にカラヤンが急死した際は、ザルツブルグのカラヤン邸を訪れて、カラヤンの映像作品の商品化について話し合っている最中だった。
[編集] 著書
- SONYの旋律(私の履歴書)(2003年 日本経済新聞社、ISBN 4532310504
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年8月20日 (木) 03:07 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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