大阪府高等学校の通学区域

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大阪府高等学校の通学区域おおさかふこうとうがっこうのつうがくくいき)は、大阪府公立高等学校の全日制普通科における通学区域(学区)の変遷と一覧である。

目次

[編集] 概要

第二次世界大戦後学制改革により、旧制中学校高等女学校を新制高校へ移行する際、「小学区制」「男女共学」「総合制」の3点が重視された。後に“高校三原則”と呼ばれる基本原則である。

これを受け、各都道府県では1950年前後に上記3点を踏まえた通学区域(学区)制度が定められたが、大阪府でも1950年度、大阪市内を6つ、市外を7つ、府内あわせて13の学区に分ける学区制度が始まった(計50校)。翌1951年には「教育の機会均等」「男女共学の完全実施」「競争入学を避け、地域密接、通学時間を省く」との内容をうたった「大阪府公立高等学校通学区域に関する規則」も定められたが、小学区制というよりは中学区制に近い学区制だった。

その後、第一次ベビーブームを迎えて高校の新設も相次ぎ、学区による高校数の不均衡が生じたため、13学区制発足から13年後の1963年(昭和38年)、学区の規模を拡大、逆に学区の数を減らす「5学区制」が、スタートした(計60校)。

続く人口増と進学率の上昇で新たに11校が設置されたが、大阪市内のナンバースクールに人気が集中し、受験競争が過熱。学校間の格差が開くなどしたため、10年後の1973年(昭和48年)、今度は学区の規模を縮小し、9つの学区に細分化する「9学区制」が発足した(計76校)。

この「9学区制」は、社会の動向に左右されつつ、34年間続くことになる。

当初、第二次ベビーブーム(団塊ジュニアの誕生)に備え生徒収容対策を計画していたが、共産府政の登場(日本共産党初の単独与党による革新自治体)で、黒田了一知事の公約の高校新設ばかりが加速することとなり、結果ピーク時には147校と倍増する。この“粗製濫造”が、旧制中学校・高等女学校ゆかりの伝統校志向を強めてしまった上、1950、60年代に生まれた新設校の足を引っ張った。その、ねじれの解消を掲げたはずの地元集中運動(生野高校の移転の経緯を参照)が、逆に新設校離れを進めてしまう悪循環を生み、結果、後に教育困難校私学助成(「公立7:私立3」取り決め)、同和教育同和対策事業、それらの結果としての“学校の配置・統廃合の挫折”といった諸問題と複雑に絡み合うこととなる。実際、緊急避難的な「分校」新設(人口減少後に、老朽化した本校を移転・閉鎖する計画)が、なし崩しとなっている。

バブル経済も峠を越えた1990年平成2年)ごろから少子化が始まる。これを受け大阪府教育委員会1999年から「特色ある高校づくり」に注力。新設校や同和校を中心に、普通科高校から「国際教養科」「総合学科」などの「専門学科」に移行させて下地を慣らし、その後、2000年代にかけ統廃合を進めた。結果、9学区制スタート時の75校まで普通科高校を減らした上で、2007年から「4学区制」が導入された。

なお、学区の境に位置する学校を「調整校」とし、部分的な越境通学を公認した(9学区制の場合、調整校は初年度で36校)。また、普通科を除く各「専門学科」校には学区がない(府内全域を通学区域とする)。ただし、「普通科総合選択制」校には学区が適用される。

そのほか、府内唯一の国立高校である大阪教育大学附属高等学校は、3校舎(池田校舎天王寺校舎平野校舎)とも明確な学区を定めていないが、それぞれ「保護者と同居し、通学時間90分」などと定めている。

また、府内の私立高校は、ほとんどの学校で学区を定めていない。

[編集] 市内6・市外7学区制(13学区制)

1950年(昭和25年)度から1962年(昭和37年)度まで。大阪市内23、市外27の計50校で発足。普通科だけでなく、商業科や家庭科を含む。最終的に市内25、市外30の計55校となる。

[編集] 市内第一学区

北区大淀区東淀川区西淀川区

[編集] 市内第二学区

港区此花区西区福島区大正区

[編集] 市内第三学区

旭区城東区都島区東区東成区

[編集] 市内第四学区

南区天王寺区阿倍野区中河内地方の一部を含む)

[編集] 市内第五学区

生野区東住吉区中河内地方の一部を含む)

[編集] 市内第六学区

住吉区浪速区西成区阿倍野区

[編集] 市外第一学区

池田市豊中市豊能郡

[編集] 市外第二学区

吹田市茨木市高槻市三島郡

[編集] 市外第三学区

守口市枚方市北河内郡

[編集] 市外第四学区

布施市八尾市中河内地方

[編集] 市外第五学区

南河内郡

[編集] 市外第六学区

堺市泉大津市泉北郡

[編集] 市外第七学区

岸和田市貝塚市泉佐野市泉南郡

[編集] 5学区制

1963年(昭和38年)度から1972年(昭和47年)度まで。普通科60校でスタート。商業科、農業科など普通科以外の通学区域は、府内全域になる。

[編集] 第一学区(発足時15校)

北区大淀区東淀川区西淀川区淀川区豊中市池田市箕面市豊能郡吹田市高槻市三島郡

[編集] 第二学区(13校)

港区此花区西区福島区大正区旭区城東区都島区東区守口市枚方市寝屋川市大東市北河内郡

[編集] 第三学区(10校)

東成区南区天王寺区布施市八尾市枚岡市河内市柏原市

[編集] 第四学区(11校)

生野区東住吉区住吉区浪速区西成区阿倍野区松原市富田林市河内長野市羽曳野市南河内郡

[編集] 第五学区(11校)

堺市泉大津市和泉市泉北郡泉佐野市貝塚市岸和田市泉南郡

[編集] 9学区制

1973年(昭和48年)度から2006年平成18年)度まで。“1学区あたり10校、中学校卒業生9000人”構想のもと、76校でスタート。1987年(昭和62年)には最多の147校まで増設される。

[編集] 第一学区

北区西淀川区淀川区豊中市池田市箕面市豊能郡豊能町能勢町

[編集] 第二学区

東淀川区吹田市高槻市茨木市摂津市三島郡

[編集] 第三学区

都島区中央区大阪市立東中学校の通学区域)・旭区城東区鶴見区福島区此花区西区港区大正区

[編集] 第四学区

守口市門真市枚方市寝屋川市大東市交野市四條畷市

[編集] 第五学区

天王寺区中央区大阪市立南中学校及び同上町中学校の通学区域)・東成区東大阪市八尾市柏原市

[編集] 第六学区

生野区浪速区西成区阿倍野区住之江区住吉区

[編集] 第七学区

東住吉区平野区松原市富田林市羽曳野市河内長野市藤井寺市大阪狭山市堺市美原区南河内郡太子町河南町千早赤阪村

[編集] 第八学区

堺市堺区東区西区南区北区中区泉大津市和泉市高石市

[編集] 第九学区

岸和田市貝塚市泉佐野市泉南市阪南市泉北郡忠岡町泉南郡熊取町田尻町岬町

[編集] 4学区制

2007年度の入試から公立高等学校の学区編成が変更された。変更内容は以下の通り。

  • 従来の第一学区と第二学区が併合し、新「第一学区」となる。
大阪市北西部と北摂地域 - 大阪市北区東淀川区西淀川区淀川区豊中市池田市箕面市豊能郡豊能町能勢町吹田市高槻市茨木市摂津市三島郡
  • 従来の第三学区と第四学区が併合し、新「第二学区」となる。
大阪市北東部と南西部、北河内地域 - 大阪市都島区中央区のうち大阪市立東中学校の通学区域・旭区城東区鶴見区福島区此花区西区港区大正区守口市門真市枚方市寝屋川市大東市交野市四條畷市
  • 従来の第五学区と第六学区と第七学区が併合し、新「第三学区」となる。
大阪市南部と中河内南河内地域、堺市美原区 - 大阪市天王寺区中央区のうち大阪市立南中学校及び同上町中学校の通学区域・東成区生野区浪速区西成区阿倍野区住之江区住吉区東住吉区平野区東大阪市八尾市柏原市松原市富田林市羽曳野市河内長野市藤井寺市大阪狭山市堺市美原区南河内郡太子町河南町千早赤阪村
  • 従来の第八学区と第九学区が併合し、新「第四学区」となる。
堺市泉北泉南地域 - 堺市堺区東区西区南区北区中区泉大津市和泉市高石市岸和田市貝塚市泉佐野市泉南市阪南市泉北郡忠岡町泉南郡熊取町田尻町岬町

[編集] 関連項目

[編集] リンク

最終更新 2009年10月22日 (木) 16:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【大阪府高等学校の通学区域】変更履歴

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