大阪教育大学附属池田小学校

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大阪教育大学附属池田小学校
過去の名称 大阪府池田師範学校附属池田小学校
大阪府池田師範学校附属国民学校
大阪第二師範学校附属国民学校
大阪府第二師範男子部附属国民学校
大阪学芸大学附属池田小学校
大阪教育大学教育学部附属池田小学校
国公私立の別 国立学校
設置者 大阪教育大学
設立年月日 1909年4月12日
創立者 大阪府
共学・別学 男女共学
学期 2学期制
所在地 563-0026
大阪府池田市緑丘1丁目5番1号
電話番号 072-761-3591~3593
FAX番号 072-761-3594
外部リンク 公式サイト
  

大阪教育大学附属池田小学校(おおさかきょういくだいがくふぞく いけだしょうがっこう)は、大阪府池田市にある大阪教育大学附属の国立小学校である。男女共学

目次

[編集] 概要

初等普通教育をおこなうとともに、大阪教育大学の附属学校として教育の実践的な研究や、教育実習生の受け入れなどをおこなっている。また2001年に児童殺傷事件(#児童殺傷事件および附属池田小事件を参照)が発生したことをふまえ、道徳や学校安全の研究・教育にも力を入れている。2009年4月より、「安全科」を設置する教育課程特例校。

学級数は各学年3クラスで構成されている。(それぞれ東組・西組・南組と称し、それぞれ白・赤・青のクラスカラーを定めている。体操帽もこれらの色となっている。運動会では、全校縦割りにし、白組・赤組・青組に分かれて競い合う。)原則1クラスの定員は40名である。

学習指導は、基本的に学級担任が行っているが、専科担任による授業も多い。学年が上がるにつれ、専科授業が多くなる。

現在のキャンパスは、緑丘の丘陵地に2棟の校舎体育館、芝生広場、運動場プール、自然観察園を配している。警備員を配置した正門、可視化を図った校舎、非常用押しボタンの設置など、事件の再発を防ぐための安全設備が整った環境にあり、学校安全設備のモデル校となっている。

[編集] 沿革

大阪府池田師範学校(大阪教育大学の前身校の一つ)の附属小学校として1909年に創立した。創立当初は豊能郡池田町立池田尋常高等小学校(現在の池田市立池田小学校池田市建石町)の一部に附属小学校の代用機能をもたせたところを始まりとする。(学級数20のうち、4学級を代用した。1909年度)1919年に代用を廃し、大阪府池田師範学校附属小学校として独立開校した。

その後学制の変更による小学校自体の改編、また設置母体である大阪教育大学の改編に伴って学校名も改称され、2004年に現在の学校名となっている。

1953年に現在地に移転した。しかし2001年に発生した児童殺傷事件に伴って、事件直後の一時期には仮設校舎での授業を余儀なくされた。その後校舎の改築を経て、2004年に現在地に校舎を復帰している。

[編集] 校歌

作詞者不明。小部卯八作曲。池田師範学校校歌(1918年制定)を、そのまま校歌としている。隣接する附属池田中学校も同じ校歌である。

[編集] 校章

1911年に制定。池田の土地は、はやくからひらけ、特に呉服、綾羽などの機織りの地名が現存していることから、校章の外枠は糸巻きを図案化している。その糸巻きの中心「附」を配し、永遠に糸が切れることなく続く意味を持たしている。


[編集] 教育研究

本校で起こった事件を契機に、全教員の共同研究として、安全教育を押し進めている。この安全教育の研究成果を踏まえ、2009年4月より「安全科」を設置する文部科学省教育課程特例校として承認されている。さらに、WHOのISS(インターナショナルセーフスクール)の認証を目指している。

研究の成果は、毎年2月に開催の教育研究協議会で発表・公開している。

また、各教科教育の研究も盛んであり、その成果も教育研究協議会において発表・公開されている。

[編集] 主な学校行事

一般の公立小学校にも見られる行事のほか、大阪教育大学大学生の教育実習や、教育の実践的な研究を公開する教育研究発表会など、国立大学附属学校ならではの行事もある。また、本校で起こった事件の風化を防ぐため、祈りと誓いの集いを行っている。

  •  始業式・新任式・離任式(4月)
  •  入学式・一年生歓迎会(4月)
  •  遠足(4月・10月)
  •  祈りと誓いの集い(6月)
  •  運動会(9月)
  •  終業式・始業式(10月)
  •  附小文化発表会(12月)
  •  新1年生入学試験(1月)
  •  教育研究発表会(2月)
  •  卒業式・修了式(3月)

[編集] 開学記念日

11月1日は開学記念日で休校となる。文字どおり、母体の大阪教育大学の開学記念日であり、本校の開校記念日ではない。しかし、別途、開校記念日の設定はなされていない。

[編集] 集団・宿泊的行事

体験活動の充実から、全学年において、集団・宿泊的行事が設定されている。

1年:デイ・キャンプ……校内にて、11月に実施。宿泊は行わない。飯盒炊爨を行い、秋を楽しむ。

2年:学校キャンプ………校内にて、7月に実施。1泊2日。野菜づくり,町探検の集大成として行う。

3年:校外キャンプ………大阪府立総合青少年野外活動センター(大阪府能勢町)にて、7月に実施。1泊2日。夏山の自然を楽しむ。

4年:冬季林間学舎………鉢伏高原(兵庫県養父市)にて、1月に実施。2泊3日。スキー体験を行う。冬山の自然を楽しむ。

5年:臨海学舎……………白良浜(和歌山県白浜町)にて、7月に実施。2泊3日。水泳や磯観察など夏海の自然を楽しむ。

6年:富士体験キャンプ…富士山五合目・田貫湖等にて、5月に実施。2泊3日。富士の自然を楽しむ。

[編集] 教育実習

大学における、一般教養、専門教養および教職教養に基づいて、教師としての学校生活を実際に体験し、教育の理論と実践を統一的にとらえるとともに、基礎的な教育技術を修得することを目的としている。必修科目の1つである。

基本的には、大阪教育大学教員養成課程の3回生および4回生が実習を行う。他大学の学生であっても、本校の卒業生であれば受け入れている。実習期間は、基本実習(小学校教員養成課程の3回生、9月実施)が4週間、併修実習(幼稚園中学校教員養成課程の4回生、11月実施)が2週間である。各クラスに、2~4名配属される。実習の最後には、全実習生が研究授業を行う。

大学生の間では、朝から晩まで厳しい実習がなされるとの意味で「セブンイレブン」と称する者がいるが、実際には、充実した実習であったと振り返る実習生の方がほとんどである。

[編集] 児童殺傷事件

2001年6月8日、侵入者が8名の児童を殺害し、児童13名・教諭2名に傷害を負わせた事件である。詳しくは附属池田小事件を参照。

なお事件の発生した校舎は2003年3月から2004年3月の1年間にかけて改築された。

本校ではこの事件を風化させないように、殺害された8人の児童の名前が刻まれた祈りと誓いの塔がつくられ、2004年6月8日に除幕式が行われた。

[編集] 祈りと誓いの集い

同小で毎年6月8日に行われる、事件を風化させないための行事。同小に建立された祈りと誓いの塔付近で行われ、その際全校児童および教職員他、保護者などが集う。

  • 2003年2月16日 - 「8人の児童の追悼式典」が開かれる。
  • 2003年2月28日 - 一回目の「祈りと誓いの集い」がアゼリアホール(池田市民文化会館)で開かれる。
  • 2004年6月8日 - 二回目の「祈りと誓いの集い」が開かれる。この年以降、毎年同日に行事が行われている。

[編集] 祈りと誓いの塔

殺害された8人の児童を祈り、再発防止を誓うため、旧正門の近くに建立された。事件から3年目となる祈りと誓いの集いの日(2004年6月8日)に除幕式が行われた。高さ4.5メートル。石材は中国産御影石、敷石はインド砂岩を用いている。8つの鐘と8人の児童の名前が刻まれてある。デザインは、浮川秀信氏(元大阪教育大学教授)。塔の周りには、本校児童と保護者によって花が植えられている。 旧正門の外には、市民向けの銘文碑も設置されている。 本校の象徴である時計台と塔と銘文碑は、直線で結ばれるよう配置されてある。

[編集] 入学・編入

帰国児童・外国籍児童の編入募集(毎年度、夏と春の2回募集。第3学年~第5学年児童を対象)を行っているため、第1学年の定員は、114名である(例年、12月に願書配布、1月に入試・合格発表)。 大阪府北部(大阪市淀川区池田市豊中市箕面市吹田市)と兵庫県南東部(川西市伊丹市宝塚市猪名川町)のうち学校が指定する地域を通学区域とし、通学区域内に居住する児童が出願・受験することができる。

[編集] 進学

隣接している大阪教育大学附属池田中学校に多数が内部進学する。中学受験をして、外部の私立中学校等へ進学する児童も存在する。

[編集] 教員

校長は、管轄である大阪教育大学の教授が兼任する。通常、2期4年務める。

副校長は、教員の中から昇格する。

教員の多くは、大阪府教育委員会大阪市教育委員会川西市教育委員会(兵庫県)との人事交流によって着任している。以前は、10数年勤務する者も多かったが、最近は5年前後で転任している。

[編集] 出身者

[編集] 交通

[編集] 備考

  • 出身者である漫画家・手塚治虫1988年11月1日、この学校で「命」をテーマにした生前最後の講演を児童対象に行った。
  • 同じ阪急宝塚沿線の雲雀丘学園小学校は、戦後、アメリカ進駐軍の指導に基づいて実施された入学試験の抽選によって、本校に入学できなかった保護者の要望から、設立された。当時、本校から教職員数名が雲雀丘学園に異動し、創立・発展に尽力した。その意味において、雲雀丘学園を本校の兄弟校と称する場合がある。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月4日 (金) 01:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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