天地創造

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星の創造。ミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂の天井画より。

天地創造(てんちそうぞう)とは、広義には神話における世界の創世全般を指すが、一般には旧約聖書創世記』における世界の創造のことを指す。宗教絵画などでよく題材となる。

目次

[編集] 天地創造の流れ

ユダヤ教・キリスト教の聖典である旧約聖書創世記』の冒頭には、以下のような天地の創造が描かれている。

  • 1日目 原始の海の表面に混沌とした暗闇がある中、を作り、が出来た。
  • 2日目 神は)を作った。
  • 3日目 神は大地を作り、が生まれ、植物が出来た。
  • 4日目 神は太陽を作った。
  • 5日目 神はを作った。
  • 6日目 神は家畜と、神に似せたを作った。
  • 7日目 神は休んだ。

[編集] 2つの天地創造

旧約聖書を批判的に分析研究する学問を旧約聖書学の内、文書仮説高等批評といい、その研究の結果、『創世記』では、2つの立場(信仰)の「天地創造」が併記されていることが明らかになったと主張される。ただし、保守的な教会はこれを認めていない。

[編集] 『創世記』1章1節 - 2章4節前半:「祭司記者資料」

『創世記』1章1節 - 2章4節前半では、創造主をエロヒムと呼ぶ(なお漢訳聖書では「神」と訳し、明治の日本の聖書も訳語を引き継いだ)。 この物語の部分は、祭司記者資料と呼ばれる(頭文字を取りP資料ともいう)。紀元前587年に南王国ユダが新バビロニア帝国に敗れ、エルサレム神殿が徹底的に破壊され、その当時の指導者層の人々がバビロニアに強制連行された(これをバビロニア捕囚という)。規模は、数千人 - 数万人と言われている。圧倒的なバビロニアの神々の宗教(主神マルドゥク)に囲まれ、今までの神ヤハウェ信仰が危機の状態に陥り、民族が自信を失っていた。この様な状況の下で祭司職人(現在祭司記者と呼んでいる)の中から、バビロニアの神話に対抗する形で、自分たちの信仰書を作り出し(創造信仰)、この危機状況から再び生きる力を生み出していった。

バビロニアの創造物語は紀元前1500年頃に作られたと言われており、この祭司記者たちはその内容を知っていて、それを否定し乗り越えるかたちで神ヤハウェを受け止め直して信仰を記述している。例えば、その神話では、新バビロニアでは極端な階層社会であり、その頂点に立つ王だけが神・神の子であり政治支配の正当化を強めているが、『創世記』では人間は全て神から神の似姿として作り出され平等(みな神の子である)であることが主張され信仰告白されている。このように『創世記』は、素朴な伝承・神話などではなく、当時の知識階層が執筆した宗教書(表現形態は物語ではあるが神学書)である点が世界の他の天地創造物語とは異なる。

[編集] 『創世記』2章4節後半 - 3章:「ヤハウィスト資料」

『創世記』2章4節後半 - 3章では、創造主をヤハウェ・エロヒムと呼ぶ(日本では主なる神または神である主と訳されている)。 この物語の部分は、ヤハウィスト(ヤーウィスト)資料と呼ばれる(同じくJ資料ともいう)。以前の学説では、ヤハウィスト(ヤーウィスト)資料は祭司記者資料よりも古いとされてきたが、研究が進み、表現形式・信仰内容も知識文学に近い部分もあり、現在では、上記バビロニア捕囚よりも後代という説が強くなってきている。この場合も、神話というものではなく、知識階層の人々が自分たちの信仰を執筆しており、ヤハウェ・エロヒムと人間に対し深い洞察がなされており、それが現在に至るまで救いを生み出している。

[編集] あらすじ

上記の経緯をたどった結果、祭司記者資料の部分ではいくつかの点でバビロニア神話との類似点が見られる。むしろ、バビロニア神話を含む先行する神話を素材にして、それらを換骨奪胎して、新しい天地創造物語を作り出したというのが実態に近い。以下にそのあらすじを示す。

[編集] 『創世記』1章1節 - 2章4節前半

  • はじめに(ヘブライ語:ベレシース、beresit)、エロヒムにより天と地が作られた。地はかたちなくうつろで闇が水の面にありルーアハ(日本では聖霊と訳されている)が水面をおおっていた。エロヒムが「光(ヘブライ語:オール、雷の意味もある)あれ」といい、光が作られた。光と闇が別けられた。これによって光が昼、闇が夜と名づけられた。夕があり朝があり第一日となった。
  • 二日目は水が上下に分けられて空が作られた。空は天と名づけられた。(後の解釈で雨が降るのは天の上に水が存在するからであるとされる。)
  • 三日目は乾いた陸が作られ大地と名づけられ、水は海と名づけられた。地の上に草、種をもつ草、果樹が作られた。
  • 四日目は空に2つの大きな光体(ヘブライ語:マオール、発光体の複数形)である、大きい光体と小さい光体とが作られ昼と夜をつかさどらせた。
  • 五日目は水の生き物である海の大いなる獣と水の全ての動く生き物と翼ある全ての鳥が作られた。
  • 六日目は、地の生き物の家畜、這うもの、地の獣が作られた。そして、その生き物をエロヒム(エールの複数形)がいう「われわれのかたちに、われわれをかたどって人をつくり・・」海の魚、空の鳥、家畜、地の全ての獣・這うものを治めさせるため人間の男と女が作られた。
アダムの創造。ミケランジェロによるシスティーナ礼拝堂の天井画より。

[編集] 『創世記』2章4節後半 - 3章

この後、別の天地創造物語が始まり、ヤハウェ・エロヒムが地と天をつくって安息した時、天地に植物が生えていないときヤハウェ・エロヒムが土のちり(アダマ)で人(アダム)をつくり、その鼻にルーアハを吹き入れた記述と食用の植物と命の木善悪の知識の木を植えたこと、女(イシャー)を創造し以降エデンの園に続く記述となる。

[編集] 年代推定の歴史

旧約聖書学では、創世記の記述内容としての「天地創造が起こった年代」は果たしていつだったのかについての推定が繰り返されてきた。

ただし前提として、旧約聖書学では、天地創造物語は信仰書であり、信じている内容を記述しているという事は、全ての学者が認めており、もはや「実際に・事実として、いつ起こったことか、どうか」は、研究・議論されていない。ただし、「当時の人々がいつ起こったと考えていたのか?それはどういう信仰・根拠だったのか?」などは研究されている。

正教会では西暦で言うところの紀元前5508年のことだとしており、これを元年とした「世界創造紀元」を用いていた。

1654年に、英国国教会アイルランド大主教ジェームズ・アッシャーとケンブリッジ大学副総長ジョン・ライトフットが聖書の記述から逆算し、天地創造は西暦の紀元前4004年10月18日~24日にかけて起こり、アダム創造は紀元前4004年10月23日午前9時と算出し、長らくキリスト教圏ではこの年代が信じられてきた。その他にも天地創造の年代には諸説ある。

  • タルムード』 前3760 - 2年
  • フラウィウス・ヨセフス『ユダヤ古代誌』 前5444年
  • ユリウス・アフリカヌス『年代誌』 前5500年
  • エウセビオス『年代記』 前5199年
  • アウグスティヌス神の国』 前5351年
  • ベーダ『時間計算論』 前3952年
  • オットー・フォン・フライジング『年代記』 前5500年?
  • スレイダヌス『四世界帝国論』 前3954年
  • スカリゲル『時間修正論』 前3948年
  • ペタヴィウス『年代表』 前3984年
  • ボシュエ『世界史論』 前4004年
  • ペズロン『古代復元』 前5873年
  • ガッテラー『普遍史序説』 前3984年、『世界史』 前4182年

[編集] 関連項目


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最終更新 2009年10月19日 (月) 12:02 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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