天文館
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天文館(てんもんかん)は、日本の鹿児島県鹿児島市にある商業・娯楽地区の総称。商店街・繁華街と隣接する歓楽街が一体的となっており、南九州最大の規模を誇る[要出典][1][2]。
地元の人からは天街(てんまち)とも呼ばれている。
目次 |
[編集] 概要
天文館の中央には、天文館電車通り(いづろ通り)、天文館本通り、天文館G3(千日通り)が貫き、その周辺を放射状にアーケード街やカラー舗装された通りが迷路の如く連なる。アーケード街には、古くからの個人経営の商店に混じり、ブティック、カフェなど洒落た店が立ち並び、またパチンコホールや無数の飲食店が軒を連ね、昼夜・年中を問わず多くの人で賑わう繁華街となっている。
道幅が広いところ以外にも、細い路地状のところや幹線道路の歩道部分などにもアーケードが設置されており、アーケード抜きには天文館を語ることは出来ない。このようにアーケード街が比較的多いのは、桜島の降灰対策や、夏の強い紫外線を含んだ直射日光避けである。
「天文館」という名称の定義は、非常に曖昧かつ漠然としている。 それは該当するエリア全体を指す通称であって、天文館という固有の地名等が存在する訳ではない。また県外人がよく誤解することであるが、アーケード街などの特定の通りや街路や街区のみを指す名称でもない。バス停や電停およびアーケードの名称として「天文館」が使われている地区はあるが、あくまで天文館の一部である。 ただし、「天文館」が長年に渡って拡大・変化してきたため、地元民の間でも『あなたの考える天文館の範囲は具体的にどの辺りまでか?』という議論が交わされる場合もある。
以前、南日本新聞夕刊の特集記事で、天文館の通行人から無作為に選んで集計したアンケートの調査結果によれば、各人がイメージする天文館の範囲は一部に共通点はあるものの具体的に指す範囲の基準などに相当な幅とズレが出る結果となった。このことから地元民が考える「天文館」とは各人がそれぞれイメージする心地よいハレの空間であって、具体的な範囲だとか云々のような堅苦しいことはどうでも良いということを伺い知ることができる。「天文館」という名前の一つをとっても、細かい事に拘らない鹿児島人気質が現われている。
[編集] 近況
歓楽・ショッピングゾーンとして地元では絶大なブランド力と神通力を持ち続けていたが、近年、鹿児島中央駅周辺や鹿児島市中南部に新興繁華街やロードサイド店が台頭しつつあり、主要店舗の撤退・閉店など天文館一帯の空洞化が深刻化している。特に三越鹿児島店の撤退のニュースは地元経済界に大きな驚きとショックを与えることになった。
[編集] 天文館の空洞化
以前は、路地裏や地下のような導線(動線)の劣悪な場所でも空き店舗はほぼ見られなかったが、近年はアーケード内や電車通りの1階でも場所により空き店舗が目立ち、空洞化が懸念されている。
2006年10月に映画館が天文館地区から完全に消滅、また、最後の画廊や割烹旅館も閉店し、銀行・証券会社等の統廃合により、店舗ビルが取り壊され青空駐車場となる例も見られる。アーケード内でも有力テナント(タワーレコード鹿児島店、ハーゲンダッツなど)の連鎖撤退も起こりはじめているどころか、電車通り沿いの一等地に建っていたいわさきホテル・ザビエル450(旧:かごしま林田ホテル)、夜の鹿児島の顔であった千日町のエンパイヤビルはともに解体されてしまい現在のところ明確な再開発計画は立っておらず更地となっている(ザビエル450跡地は当分駐車場として活用)。そしてついに2009年5月6日をもって天文館地区の核店舗であった三越鹿児島店が閉店し、鹿児島市内のデパートは山形屋1件を残すのみとなった。空き店舗率も天文館としては過去最大の8.6%に達している。(2008年8月24日付の読売新聞より一部改文)
天文館を含む中心市街地20地点の歩行者通行量は1998年から2006年の間で45.1%の大幅減となっている。[1](また、南日本新聞の記事によると2002年からの5年間で通行量が2割減ったとのこと) 数値的にみても、中心市街地の空洞化が現実のものとなってきている。
[編集] 新たな商業地区の出現
他地域でも一般に見られる大店立地法(まちづくり3法)による郊外ロードサイド店舗の増加により、天文館の集客力低下が起きていると見られる。
また、諸般の複雑な事由が影響して県外資本の直接進出が極めて少なかった鹿児島市特有の事情としては、九州新幹線の部分開通に合わせて鹿児島中央駅ビル「アミュプラザ鹿児島」が開業したことや、湾岸の埋立・港湾エリアにおける都市計画の用途指定緩和による新たな商業エリアの出現など、中心部近接地でのワンストップショッピング型大型店舗が開業し、それらと天文館が競合している状況にある。2007年10月に鹿児島県内初、県内最大規模のイオン鹿児島ショッピングセンターが開業し更に一層の市内でのエリア間競争が激化することが懸念されている。
[編集] 都市間競争
九州新幹線が全通する2011年頃には、鹿児島中央駅と福岡市の博多駅の間が1時間強で結ばれることになり、観光面では利点が多いものの、業務・商業では福岡市へのストロー現象が予想されており、更なる空洞化が懸念されている。
[編集] 対策・変化
近況のみならず、九州新幹線全通を見据えて、天文館では再開発事業、貸ビルの建替え、不動産流動化等も各所で段階的に行われており、リサイジング・店舗入れ替え・業態変換が見られる。具体的には、山形屋の3号館増床の正式発表やいづろドーム跡の再開発ビルの着工、地元資本の老舗ホテルの撤退の一方で、中央資本による新規ビジネスホテルの着工並びに計画等があり、業種・店舗によって好不況が分かれている。また中央の不動産会社による地区内および周辺での投機目的を含めた不動産取引も近年活発となってきている。
中振連や商店主といった街側では、ここ数年、手弁当でイベント等を行うなど地道な努力も始まっている。この具体的な動きとして2007年に中振連が中心となり加盟する各商店会や非加盟の商店会(G3アーケードや歓楽街の通り会)更に核となる地区内の百貨店、商業施設を巻き込んだ『We Love 天文館』協議会が立ち上げられている。実は今まで利害関係やその他諸々の事情により街全体での地域活性化への取り組みが実現することはなかったが、イオンが県内最大の大型商業施設を開業するという共通の危機が契機となって障害が取り払われようやく実現するに至った。活動実績としては今のところ加盟商店会のアーケードや通り沿い、店舗内や百貨店などに共通のロゴマークが入った幟・垂れ幕・ステッカーを提示することの推進や山形屋、三越鹿児島店を巻き込んだ協賛セールの開催などに留まっているが、協議会設置の先頭に立ってきた三越鹿児島店が撤退するに至り、キャンペーンの出鼻を挫かれた格好となった。永年に亘り流通競争の無風状態が続きその環境で安穏と一人勝ちしてきた天文館にとって今こそが大きな試練であるといえよう。
そうした中、天文館シネコン計画が動き出しているほか、三越鹿児島店跡の複合商業施設に大手書店のジュンク堂書店が天文館第2号店(約4,000平米)の計画を立てている[3]など、明るい兆しも見え始めている。
[編集] 歴史
江戸時代、第25代薩摩藩主・島津重豪が、この界隈に天文観測や暦を研究する施設明時館、別名「天文館」を建設したことに由来する。
明治期までは薄の生える空き地も目立つような寂しい場所であったが、大正時代後半から昭和初期にかけて路面電車が開通し、同時に多数の映画館や劇場(現在はない)が開館した。それに伴い鹿児島各地から昼夜の別なく多くの人々が押し寄せるようになり、まもなく周辺に映画客目当てとした飲屋や赤線、食堂などが自然発生的に現れた。千日町や山之口町界隈の歓楽街は、その頃に原型が形成された。
その後、山形屋呉服店が大正時代初頭に神戸以西で初の鉄筋コンクリート造の大型デパートを開業すると、その周辺の商店や町屋が次第にショッピングゾーンに変貌し、戦前には現在の街並みがほぼ完成された。
[編集] アーケード及び通りの総称
- アーケード
- いづろ通り・照国表参道通り・天文館通り・天文館本通り・天文館電車通り・天文館G3アーケード・にぎわい通り・はいから通り・中町コアモール・中町本通り・中町ベルク・ぴらもーる(天神おつきや商店街)・金生通り・納屋通り
- モール
- テンパーク通り・ゴンザ通り・七味小路通り・セピア通り・グルメ通り・おつきや東通り・天文館一丁目商店街・呉服町通り
- 歓楽街
- 文化通り・中町別院通り・中町中通り・中町御堂筋通・銀座通り・松山通り・船津町通り・松原本通り・天文館文化通り・萩原通り・二本松馬場通り・山之口町中通り・山之口本通り・二官橋通り・樋之口本通り・山之口電車通り・高見馬場通り・山之口本通り・二官通り
[編集] 周辺施設
- デパート・ファッションビル
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- 山形屋
- 三越鹿児島店(⇒2009年5月6日で閉店。)
- 高島屋プラザ(タカプラ) - ヴィレッジ・ヴァンガード
- カリーノ天文館 - ムラサキスポーツ
- キャパルボ - ヴィレッジ・ヴァンガード
- さつま屋
- ホール・アミューズメント
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- NCサンプラザ
- キャパルポ(SRホール)
- T‐MAX BOWL
- T‐MAX
- 城山VIPホール
- カラオケ館
2009年現在、天文館地区から完全撤退。
- 鹿児島東宝(3スクリーン) - 2006年10月11日閉館。3日後の10月14日、同市与次郎1丁目の『フレスポジャングルパーク』内に『TOHOシネマズ与次郎』として発展的に開館。跡地利用については当初、ビジネスホテルとされていたが、計画が二転三転した結果、最終的にビジネスホテルに落ち着き、2009年7月1日、『リッチモンドホテル鹿児島天文館』がオープンした。
- 【沿革】活動写真館・帝国館(1917年)→銀映座(1946年10月15日 - 1973年5月6日)→改築休館→東宝銀映・スカラ座(1974年8月3日 - 1995年6月30日)→鹿児島東宝(1995年7月1日 - 2006年10月12日)。
- シネシティ文化[2](6スクリーン) - 2006年6月4日休館、同年10月7日閉館。現在は改装し、『カラオケ館』グループの系列店が全館に入居。
- 【沿革】日南映画劇場(1947年2月12日 - 1948年2月3日)→国際映画劇場(1948年2月4日 - 1952年12月9日)→東洋映画劇場(1952年12月10日 - 1953年6月2日)→富士館(1953年6月5日 - 1957年9月4日)→文化劇場(1953年9月5日 - 1987年9月30日)・文化シネマ(1977年12月17日 - 1987年9月30日)→改築休館(1987年10月1日 - 1988年7月22日)→シネシティ文化1・2・3・4(1988年7月23日 - 2006年10月7日)・シネシティ文化5(1990年6月29日 - 2006年10月7日)・シネシティ文化6・7・8(2004年 - 2006年10月7日)。
- 鹿児島松竹タカシマ(3スクリーン) - 2005年5月5日、入居先賃貸ビルの改築に伴い閉館。改築後、カラオケチェーン『コロッケ倶楽部』などが入居。
- 【沿革】高島映画劇場(1947年3月10日 - 1950年12月31日)→大映高島(1951年1月1日 - 1972年1月31日)→松竹高島(1972年2月1日 - 1986年8月31日)→改築休館→松竹高島(4階、1987年4月25日 - 2000年8月11日)・鹿児島ピカデリー(2階、1987年4月25日 - 2000年8月11日)→松竹タカシマ(2000年8月12日 - 2005年5月5日)。
- 鹿児島東映劇場(1スクリーン) - 2004年9月16日閉館。ホテルニューニシノの1階にあった。映写設備等は撤去され、かつての客席は駐車場に改装・転用。
- 【沿革】日本劇場(旧エンパイア付近、1950年3月31日 - 1954年12月31日)→鹿児島東映(旧エンパイア付近、1955年1月1日 - 1972年7月13日)→移転→鹿児島東映(地蔵角交番右手向い、1973年8月3日 - 2004年9月16日)。
- 上記以外に存在した映画館
- 「松竹第一映劇」(旧・第一映画劇場、東千石町・文花通り、1946年1月1日 - 1978年2月24日)
- 「東映センター」(旧・セントラル劇場→鹿児島大劇→セントラル劇場、東千石町・天神馬場、1946年10月17日 - 1970年7月26日)
- 「新世界」(旧・銀河映画劇場、東千石町・千石馬場→武町・黄金通り、1946年12月26日 - 1949年11月2日 - 休館・移転 - 1962年3月11日)
- 「日東映画劇場」(山之口町・天文館通り、1947年7月26日 - 1961年3月24日焼失)
- 「銀座劇場」(旧・ギンザ屋劇場→銀座劇場→銀座シネマ→日活銀座→新東宝銀座→銀座劇場→銀座ニュー東映、千日町・天文館通、1947年9月4日 - 1986年)
- 「文化第一」(旧・第一小劇→松竹第一、東千石町・林田ホテルザビエル付近、1948年9月12日 - 1988年9月5日)
- 「南映劇場」(旧・南映→休館→南映→日活南映→南映、山之口町・本通り、現・南映ビル、1956年7月3日 - 1984年2月29日)
- 「大劇」(山之口町本通り・大劇駐車場付近、1956年10月8日 - 1979年6月27日)
- 「名山映画劇場」(旧・大松映劇、易居町・本通り、1958年3月20日 - 1961年10月31日)
- 「天文館劇場」(千日町銀座通り・地蔵角交番右手向い、1959年9月1日 - 1971年1月31日)
- 「有楽座」(山之口町・萩原通り・有楽座2階、1965年8月7日 - 1990年8月31日)
- 「有楽座1F」(旧・ロマン劇場→鹿児島にっかつ劇場→ロッポニカ鹿児島、山之口町・萩原通り・有楽座1階、1972年4月29日 - 1990年5月31日)
- 「南国ショー」(山之口町・本通り、1970年8月1日 - 1974年11月20日)
- 「さつまショー」(東千石町・グルメ通り、1971年2月21日 - 1972年6月12日)
- 「東洋ショー」(山之口町・本通り、1971年11月21日 - 1985年6月30日)
- 「国際ミュージック」(山之口町・大劇裏、1974年12月1日 - 1985年6月30日)
- 「南映キネマ」(千日町・旧エンパイア前、1984年3月1日 - 1987年9月30日)
- 映画館以外に1960年代まで大衆演舞場、1980年代前半までストリップ劇場、1996年頃までディスコがそれぞれ複数軒存在した。
[編集] 祭事
- おはら祭り
- 天文館まつり
- お祇園さぁ(鹿児島祇園祭)
- 六月灯(ろくがつどう)
[編集] アクセス
- 鹿児島中央駅から
- 鹿児島駅から
- 鹿児島港の本港区(桜島フェリー・高速船乗り場・奄美・沖縄航路)から
- 徒歩7分。
[編集] 脚注
- ^ 経済地理学会西南支部・編 『西南日本の経済地域』(ミネルヴァ書房、1995年 ISBN 4623025845)では南九州を宮崎・鹿児島の2県に規定した上で、天文館を南九州の中心地域として扱っている。
- ^ 天文館 鹿児島市公式ウェブサイト内、2009年10月2日閲覧。「南九州」の具体的範囲、比較基準は不明。
- ^ 三越鹿児島店跡にジュンク堂出店へ 鹿児島市天文館 南日本新聞、2009年9月30日。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 鹿児島天文館「中央地区商店街振興組合連合会」公式サイト
- 鹿児島社交業組合公式ホームページ(優良店紹介)
- 天文館どっとこむ 天文館公式サイト[公式](天文館のお店情報・観光情報・地図情報)
- 鹿児島市観光ガイド(天文館のページ)
- S-tyleマップ天文館





