天童城
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[編集] 概要
山形盆地の中東部、舞鶴山に築かれ、別名舞鶴城。村山地方最大の山城。舞鶴山の西麓に天童藩主の居館があった。また、本丸跡には、愛宕神社が建つ。現在は、天童市舞鶴山公園となっている。
[編集] 歴史
南北朝時代、北畠天童丸が居を構える。天授元年/永和元年(1375年)、里見義直が天童氏を称して入城。その後、里見氏流が途絶えると最上氏一門の天童頼直が養子として城主になった。その後天童氏は村山郡に大きな勢力を築き、最上八楯を形成して次第に最上氏と対立。天正5年(1577年)、最上義光は天童城を攻めるが最上八楯の援軍を得て最上軍を撤退させるが、天正12年(1584年)、最上義光がまたも攻めると延沢信景などの寝返りにより落城。廃城となった。
天保元年(1830年)天童藩主・織田氏が入り、陣屋は、天童の田鶴町に置かれた。その陣屋も、戊辰戦争の際焼失した。
[編集] 歴代城主
- 北畠天童丸
以下不明
- 天童義直
- 天童義定
- 天童為貞
- 天童義景
- 天童義宗(斯波兼頼実弟)
- 天童頼直(最上直家実子)
- 天童頼勝
- 天童頼泰
- 天童頼基
- 天童頼氏
- 天童頼尚
- 天童頼道
- 天童頼長
- 天童頼貞
- 天童頼澄
廃城(諸説あり)
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