太田和美 (政治家)
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おおた かずみ
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| 生年月日 | 1979年8月28日(30歳) |
| 出生地 | 千葉県柏市 |
| 出身校 | 千葉県立沼南高柳高等学校卒業 |
| 前職 | 会社役員 |
| 所属政党 | 民主党(小沢グループ) |
| 世襲の有無 | 無 |
| 公式サイト | 衆議院議員 太田かずみ |
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| 選挙区 | (千葉県第7区→) 福島県第2区 |
| 当選回数 | 2回 |
| 任期 | 2006年 - 現職 |
| 所属委員会 | 環境委員会(理事) 経済産業委員会 政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会 |
| 議員会館 | 衆・第1議員会館318号室 |
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| 選挙区 | 松戸市 |
| 当選回数 | 1回 |
| 任期 | 2005年 - 2006年 |
| 退任理由 | 衆院選出馬に伴う辞職 |
太田 和美(おおた かずみ、女性、1979年8月28日 - )は、日本の政治家。民主党所属の衆議院議員(2期)。元千葉県議会議員(1期)。
目次 |
[編集] 概要
千葉県柏市生まれ、千葉県立沼南高柳高等学校卒業。2005年の千葉県議会議員補欠選挙(松戸市選挙区)で初当選。2006年の衆議院議員千葉県第7区補欠選挙にて衆議院議員初当選。
[編集] 政歴
[編集] 千葉県議会議員
2005年、千葉県議会議員補欠選挙にて松戸市選挙区から民主党公認として立候補。得票数71,772票を得て、千葉県議会史上最年少の25歳6ヶ月で当選。
[編集] 衆議院議員
2006年、千葉県第7区にて自民党公認で当選した松本和巳陣営の選挙違反事件に伴う衆議院補欠選挙に立候補し、得票数87,046票を得て衆議院議員初当選。この補選には当初、選挙区で松本に敗れ比例復活で当選した内山晃が鞍替え出馬すると見られていたが、当時党員資格停止中だった永田寿康の堀江メール問題で党の支持率が低迷していたことから鞍替え出馬を見送り、4月7日に選出された小沢一郎党新代表の許で太田が補選への出馬を表明するに至った。この選挙では「負け組ゼロへ」をキャッチコピーに、選挙カーにはほとんど乗らず自転車で選挙区内を回り地元出身をアピールする戦術に徹し、自民党公認の斎藤健に対して955票という僅差で勝利を手にした。当選後は経済産業委員会、政治倫理審査会に所属。
2007年、次期衆院選に対する党内の公認調整の結果、第45回衆議院議員総選挙では内山が千葉県第7区の小選挙区候補として公認されることが内定した。太田は他の選挙区に国替えを求められたが、2008年9月、母が福島県のいわき市、祖父母が同じく会津若松市出身である地縁により福島県第2区からの出馬が内定。「福島にお嫁にきました」と銘打った選挙戦を展開し、得票数131,306票を得て再選を果たした。
[編集] 選挙歴
| 当落 | 選挙 | 施行日 | 選挙区 | 政党 | 得票数 | 得票率 | 得票順位 /候補者数 |
比例区 | 惜敗率 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 千葉県議会議員補欠選挙 | 2005年3月13日 | 松戸市 | 民主党 | 71,772 | 50.09% | 1/2 | - | - | |
| 当 | 第44回衆議院議員補欠選挙 | 2006年4月23日 | 千葉県第7区 | 民主党 | 87,046 | 45.36% | 1/5 | - | - | |
| 当 | 第45回衆議院議員総選挙 | 2009年8月30日 | 福島県第2区 | 民主党 | 131,306 | 52.6% | 1/3 | 重複 | - | |
| 当選回数3回 (衆議院議員2・千葉県議会議員1回) | ||||||||||
[編集] 年譜
- 1998年 千葉県立沼南高柳高等学校卒業。株式会社グランプリシステム入社。
- 2002年 株式会社太田商事入社。有限会社共進住宅創業、代表取締役就任。
[編集] エピソード
- 2006年の衆議院補欠選挙に立候補を表明した際、党国会対策委員長を務めていた渡部恒三から「民主党のジャンヌ・ダルク」「民主党の由美かおる」と評された。
- 選挙期間中、週刊誌などでキャバクラに勤めていた過去について報じられたが、選挙陣営は「友人と一緒に2ヶ月ほど働いていた」と認めた。当選後の記者会見で、「社会経験としてほんの少し勤めていたことがあります。ただ、それが否定されることとは思っていない。キャバクラで働く人たちはOLも多く、遊びではなく、生活が苦しいから、寝る時間を惜しんで働いている。女性の雇用問題として、国会で訴えていきたい」と発言。以後、一部のスポーツ新聞や週刊誌では「元キャバ嬢議員」と表されることがある。
- 太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中に出演した際、共演者の有吉弘行から「場末のスナック」と命名された。同時出演した自民党の平沢勝栄は「エロカマキリ」、同山本一太は「ハッタリ君」であった。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月5日 (木) 02:06 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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