奥寺健

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おくでら たけし
奥寺 健
プロフィール
出身地 日本 東京都武蔵野市
生年月日 1967年8月19日(42歳)
血液型 A型
最終学歴 電気通信大学大学院
勤務局 フジテレビジョン
部署 アナウンス室主任
活動期間 1993年
ジャンル 報道など
出演番組・活動
現在 FNNスピーク』(平日)
新・週刊フジテレビ批評
めざましどようび』(どようびのにゃんこ)など
過去 週刊フジテレビ批評
めざましテレビ
笑っていいとも!増刊号』(ナレーション)など
  

奥寺 健(おくでら たけし、1967年8月19日 - )は、フジテレビアナウンサーアナウンス室主任。

目次

[編集] 来歴・人物

東京都武蔵野市出身。東京都立武蔵高等学校を経て北海道大学工学部電気工学科卒業。電気通信大学大学院修士課程修了。男性アナウンサーとしては珍しく理系出身である。

主にスポーツを担当し、長らく『めざましテレビ』のスポーツニュースを担当。また2005年夏には大塚範一の夏休み1週目に『めざまし』メインキャスター代理を務めた。

2006年9月29日、番組開始当初から出演していた(12年半)『めざましテレビ』を卒業し、同年10月2日から平日昼の『FNNスピーク』を担当している。前番組の『FNN おはよう!サンライズ』と合わせたら13年間、フジテレビのスポーツキャスターを務めたことになる。

2006年10月9日には北朝鮮核実験、2007年3月13日には高知空港であった高知空港全日空機胴体着陸、同年7月16日には新潟県中越沖地震報道特別番組も務めた。

2008年5月3日から5月6日まで開催されたラヴシーン@お台場学園では演出を担当した。

2009年10月3日から『新・週刊フジテレビ批評』の司会を担当。前番組の『週刊フジテレビ批評』から10年振りの司会復帰となる。

同僚の武田祐子アナウンサーと同様、特徴的な高い声でナレーターをしている。

特技は、カラオケで男女デュエット曲をパート毎に声質を変えて歌うこと。

[編集] エピソード

  • 入社1年目の1993年10月から半年間、『おはよう!サンライズ』のスポーツキャスターを務めた。
  • 2年目の1994年4月から12年6ヶ月間、『めざましテレビ』のスポーツキャスターを担当して、大塚範一・同僚の軽部アナと同様、草創期から残っているメンバーであった。
  • 番組のコーナー『めざましどっち?』において、“携帯電話のメールをあまり利用しない”“無駄な買い物をすることない”“服は着る分しか買わない”などの堅実な一面を見せ、その場に居た軽部アナウンサーからは“古風で堅実”と呼ばれた。その一方で、流行した言葉や話題を話に取り入れたり、未経験のことに挑戦するなど、新しいことにも積極的で、“温故知新”的なアナウンサーであると言える。
  • 番組オープニングでの各コーナー紹介の際、自分の担当するコーナーの内容を大塚範一に先に言われると、自らツッコミやボケを入れたあとに改めて内容を紹介したり、2005年夏の放送では大塚・同僚の伊藤利尋、軽部の3人と冗談で張り合うなど、お茶目な顔を見せることがあった。
  • スポーツコーナーでインタビューの模様を放送した際、インタビュアーを担当した同僚の石本沙織アナがミスをした際には、ツッコミながらもしっかりとフォローする場面があった。
  • ワールドカップオリンピックといった大会には現地レポーターとして現地へ赴く。ただ、なぜか自ら体を張ったことをすることが多い。また、現地の料理・食文化を取材するときにはグルメレポーターとしての能力をみせた。
  • 彼が読んだ基本提供アナウンス(この番組はご覧のスポンサーの提供でお送りしますorしました。)がよく使用されているが、松井みどり(現在フリー)の「します。」と奥寺の「しました。」の組み合わせとなっていることが多い(松井の「しました。」バージョンは使われていないか最初からない)。これは、お台場移転後のマスターの送出システム側の吹き込み設定がそうなっていて、変えていないからである。ちなみに彼の「この番組は~します。」バージョンは「ジャンクSPORTS」でのみ使用されている。なお2008年12月にマスターが更新され、提供開始-松井・提供終了-奥寺の組み合わせは使用されなくなった。
  • 東京都武蔵野市立第四中学校MRS(放送部)出身。
  • 絶対音感の持ち主である。
  • 学位学士修士である。

[編集] 現在の担当番組

[編集] 過去の担当番組

ほか

[編集] 同期入社

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年9月25日 (金) 22:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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