奥田誠治 (映画プロデューサー)

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奥田 誠治(おくだ せいじ、1956年 - )は日本テレビ放送網株式会社コンテンツ事業局映画事業部エグゼクティブプロデューサー。以前は、編成局映画センター長兼映画編成部長兼映画事業部長。福島県出身。

福島県会津に生まれ、東京都文京区音羽に育つ。お茶の水女子大学附属幼稚園からお茶の水女子大学附属小学校を経て、1972年お茶の水女子大学附属中学校卒業(中学での同級生に谷山浩子がいた)。明治大学政経学部卒業後、1980年に日本テレビ入社。同社編成部を経て1984年から同社映画事業部に配属され、『金曜ロードショー』のプロデューサーとして放映権の買い付けを担当していたが、1984年、『風の谷のナウシカ』のテレビ放送をきっかけに宮崎駿たちと知り合う。以後、同番組において全てのスタジオジブリ作品をプロデュース。それまでは特にアニメファンではなかったが[1]、宮崎たちの人柄に惹かれて『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『猫の恩返し』『ハウルの動く城』などの製作に参加。家族ともどもジブリ作品の登場人物等のモデルにされている[2]プロダクションIG押井守作品も支援。実写作品では『ALWAYS 三丁目の夕日』、『デスノート』などでエグゼクティブプロデューサーを務めている。

2001年から現職。第10回AMDアワード総務大臣賞、第25回藤本賞特別賞などを受賞。

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[編集] プロデュース作品

[編集] 外部リンク

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ ジブリを支えるキーパーソン 奥田誠治・日テレ映画事業部長に聞く - YOMIURI ONLINE
  2. ^ たとえば『平成狸合戦ぽんぽこ』に登場する大仏は奥田が横になった姿を元に描かれたものであり、『千と千尋の神隠し』は奥田の娘がモデルとなった。もともと構想されていた題名には「千尋」の代わりに奥田の娘の実名が入っていたという(お茶の水女子大学附属中学校同窓会鏡會々報「みかかすは」No.32 2006 June)。

最終更新 2009年8月16日 (日) 00:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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