女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約

女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(じょしにたいする・あらゆるけいたいの・さべつの・てっぱいにかんする・じょうやく、(Convention on the Elimination of All Forms of Discrimination against Women)は、女子差別の撤廃を定めた多国間条約である。

略称は、女子差別撤廃条約(じょしさべつてっぱいじょうやく)である。1979年昭和54年)12月18日に、国際連合第34回総会で採択され、1981年(昭和56年)に発効した。前文及び30か条から成り、政治的・経済的・社会的・文化的・市民的その他のあらゆる分野における男女平等を達成するため必要な措置を定めている。この条約の特徴は、法令上だけでなく、事実上、慣行上の差別も、条約の定める差別に含まれると規定している点である。また、私人間及び私的分野も含めた差別撤廃義務を締約に課している。

なお、「女子」の語が女性差別である、と主張する人々を中心に女性差別撤廃条約(じょせいさべつてっぱいじょうやく)と呼ばれることもあり、この名称でも一般的には通用するが、この名称は日本語における正式名称ではないので、注意が必要である。

目次

[編集] 署名・締約国

署名国---98
締約国---185

(アメリカ合衆国は署名のみで、条約を批准していない(アメリカの人権と人権政策参照)。)

*2006年11月2日現在

[編集] 採択・発効

1979年12月18日 第34回国連総会において採択(賛成130(含日本)、反対0、棄権11)
1980年3月1日 署名のため開放
1981年9月3日 発効(20番目の締約国(セントビンセントおよびグレナディーン諸島)の加入書寄託日の後30日目)

[編集] 日本

1980年7月17日 署名(デンマークで開催された国連婦人の10年中間年世界会議の際、高橋展子駐デンマーク大使が署名) 1985年6月24日 条約締結を承認(第102回通常国会) 1985年6月25日 批准 書寄託 1985年7月25日 日本において効力発生

  • 条約実施状況報告
1987年3月13日 - 第1回報告書提出
1988年2月18日2月19日 - 第1回報告書審議(第7回女子差別撤廃委員会)
1992年2月21日 - 第2回報告書提出
1993年10月28日 - 第3回報告書提出
1994年1月27日1月28日 - 第2回・第3回報告書審議(第13回女子差別撤廃委員会)
1998年7月25日 - 第4回報告書提出
2002年9月13日 - 第5回報告書提出
2003年7月8日 - 第4回・第5回報告書審議(第29回女子差別撤廃委員会)

批准に際しては条約の主旨に沿った国内法整備を行わなければならないため、日本では、「勤労婦人福祉法」(昭和47法113)を大改正するとともに、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」(男女雇用機会均等法)に改題した。また、国籍法を改正して父系血統主義から父母両系主義にし、新学習指導要領で「主婦準備教育」と位置づけられていた高校家庭科を女子のみの必修から男女必修として普通教科とした。

1991年には、男女が仕事と家庭を両立して働き続けられ、また経済及び社会の発展に資するために、「育児介護休業法」が成立。1歳未満の子を養育したり、肉親の高齢者介護が出来るよう、男女を問わず休業できるとする。

[編集] 選択議定書

女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約の選択議定書(略称: 女子差別撤廃条約の選択議定書)は、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」の締約国の管轄下にある個人または集団が、国による条約違反によって被害を受けた場合、国際連合の女子差別撤廃委員会にたいして通報できる個人通報制度を定めたものである。

通報には、利用できるすべての国内的救済措置を尽くしていることが条件とされるが、救済措置の実施が不当に引き延ばされている場合や、効果的な救済をもたらさない場合は通報できる。

通報を受けた女子差別撤廃委員会は、報告の受理可能性や、内容が差別撤廃条約に違反しているか否かを審査し、締約国に意見や勧告を行う。ただし、委員会の意見及び勧告には法的拘束力はない。

採択---1999年10月6日(国連第54回総会)

 この選択議定書には、「司法権の独立含め、我が国の司法制度との関連で問題が生じるおそれがある」等の懸念があるため、日本は、2009年6月現在、これを批准していない[1]

 また、2008年からは、選択議定書を批准した締約国に意見や勧告を行う「女性差別撤廃委員会」を指導する国連高等弁務官に、ラディカル・フェミニストのナバネセム・ピレー(Navanethem Pillay)が就任した。

 選択議定書を批准すると家族の崩壊がもたらされるとの懸念からも批准に反対する意見が多いようである[2]。(「ラディカル・フェミニズム#ラディカル・フェミニズムの思想の実践結果」を参照)

[編集] 改正

女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約では、締約国に条約実施のためにとった立法、司法、行政上その他の措置及びそれらの措置によってもたらされた進歩を報告するよう義務付けている。しかし、締約国の増加に伴い、委員会の報告検討業務に遅滞が生じる事態となった。この問題を解決するため、1995年8回締約国会議において委員会の会合の期間を一定の条件の下、締約国の会合において決定できるようにする改正案が採択され、1995年第50回国連総会で採択された。

改正内容(第20条1の改正)
改正前---「委員会は、第18条の規定により提出される報告を検討するために原則として毎年二週間を超えない期間会合する。」
改正後---「委員会は、第18条の規定により提出される報告を検討するために原則として毎年一回会合する。委員会の会合の期間は、国際連合総会の承認を条件としてこの条約の締約国の会合において決定する。」
1995年5月22日 ニューヨークで作成
  • 日本
2003年5月14日 国会承認
2003年6月12日 受諾書寄託(受諾書の寄託について(外務省プレスリリース)

[編集] 脚注・出典

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[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月10日 (火) 05:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約】変更履歴

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