女性参政権

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米国財務省前で、女性参政権を求めデモを行うアメリカ人女性たち(1913年3月3日)

女性参政権(じょせいさんせいけん)または婦人参政権(ふじんさんせいけん)とは、女性が直接または間接的に国ないし地方の政治に参加するための諸権利を言う。

目次

[編集] 概説

日本の「婦人参政権運動(婦人運動)」の中では、

  1. 国政参加の権利、衆議院議員の選挙・被選挙権。
  2. 地方政治参加の権利、地方議会議員の選挙・被選挙権(公民権)。
  3. 政党結社加入の権利(結社権)。

の3つを合わせ、「婦選三案」あるいは「婦選三権」と呼ばれてきた。

18世紀末のフランス革命で、普通選挙が実現したが、参政権が付与されたのは男性のみであった。欧米社会にあっても、社会参加は男性が行い、女性は男性を支えていればよいとの意識が強かったのである。欧米の多くの国々でも、女性参政権が実現したのは、19世紀から20世紀末にかけてであった。世界で最初に女性の参政権を認めたのは、アメリカ合衆国ワイオミング州である。

[編集] 日本における女性参政権獲得までの歴史

女性参政権を求める行進(1912年、ニューヨーク)

日本で普通選挙が実現したのは、1925年(大正14)であった。しかし、フランス革命当時の欧米と同じように、参政権が付与されたのは男性のみであった。

明治の末年から大正デモクラシーの時期にかけて、女性参政権を求める気運が徐々に高まってくる。堺利彦幸徳秋水らの「平民社」による治安警察法改正請願運動を嚆矢として、平塚らいてう青鞜社結成を経て、平塚と市川房枝、奥むめおらによる新婦人協会(1919(大正8)年)や、ガントレット恒子、久布白落実らによる日本婦人参政権協会(1921年・大正10、後に日本基督教婦人参政権協会)が婦人参政権運動(婦人運動)を展開。続いて各団体の大同団結が図られ、婦人参政同盟{日本婦人協会}(1923年・大正12)<理事山根キク>、婦人参政権獲得期成同盟会(1924年・大正13、後に婦選獲得同盟と改称)が結成、さらに運動を推進した。

これらの運動は、戦前の日本において、完全な女性参政権の獲得と言う大目標の達成には至らなかった。しかし、女性の集会の自由を阻んでいた治安警察法第5条2項の改正(1922年・大正11)や、女性が弁護士になる事を可能とする、婦人弁護士制度制定(弁護士法改正、1933年・昭和8)等、女性の政治的・社会的権利獲得の面でいくつかの重要な成果をあげた。

1931年には婦人参政権を条件付で認める法案が衆議院を通過するが、貴族院の猛反対で廃案に追い込まれた。

第二次世界大戦後の1945年10月10日幣原内閣で婦人参政権に関する閣議決定がなされた。また、翌10月11日、幣原内閣に対してなされた、マッカーサーによる五大改革の指令には、「参政権賦与による日本婦人の解放」が盛られていた。また、終戦後10日目の1945年(昭和20)8月25日には、市川房枝らによる「戦後対策婦人委員会」が結成され、衆議院議員選挙法の改正や治安警察法廃止等を求めた五項目の決議を、政府及び主要政党に提出する。同年11月3日には、婦人参政権獲得を目的とし、「新日本婦人同盟」(会長市川房枝、後に日本婦人有権者同盟と改称)が創立され、婦人参政権運動を再開している。

戦後初の総選挙で誕生した女性代議士(1946年)

1945年11月21日には、まず、勅令により治安警察法が廃止され、女性の結社権が認められる。次に、同年12月17日の改正衆議院議員選挙法公布により、女性の国政参加が認められる(地方参政権は翌年の1946年9月27日の地方制度改正により実現)。1946年(昭和21)4月10日の戦後初の衆議院選挙の結果、日本初の女性議員39名が誕生する。そして、同年5月16日召集の第90特別議会での審議を経て、10月7日憲法改正案成立となる(日本国憲法11月3日公布、翌1947年(昭和22)5月3日施行)。

確かに日本の婦人運動は、戦争の激化により一時中断した。しかし、明治末年からの長い婦人運動苦闘の歴史を経て、日本女性の中には政治的権利を希求する意識が着実に醸成されていた。戦争終結後の数日目には、早くも新たな婦人団体が立ち上げられ、再び婦人参政権要求の声が上がり、翌年の総選挙で多数の女性議員が誕生したのも、そのような日本における婦人運動の成果であったと言えよう[1]

[編集] 日本初の女性参政権

1878年(明治11年)の区会議員選挙で、「戸主として納税しているのに、女だから選挙権がないというのはおかしい。」と楠瀬喜多という一人の婦人が高知県に対して抗議した。しかし、県には受け入れてもらえず、喜多は内務省に訴えた。そして1880年(明治13年)9月20日、3ヶ月にわたる上町町会の運動の末に県令が折れ、日本で初めて(戸主に限定されていたが)女性参政権が認められた。その後、隣の小高坂村でも同様の条項が実現した。

この当時、世界で女性参政権を認められていた地域はアメリカワイオミング準州や英領サウスオーストラリアやピトケアン諸島といったごく一部であったので、この動きは女性参政権を実現したものとしては世界で数例目となった。しかし4年後の1884年(明治14年)、日本政府は「区町村会法」を改訂し、規則制定権を区町村会から取り上げたため、町村会議員選挙から女性は排除された。

[編集] 世界各国の国政選挙における女性参政権の獲得年次

バングラデシュで投票する女性

[編集] 脚注

  1. ^ 児玉勝子『婦人参政権運動小史』ドメス出版、1981年、13~15頁、303~305ページ
  2. ^ 国本伊代「ラテンアメリカの新しい社会と女性 20世紀最後の四半世紀の変化をめぐって」『ラテンアメリカ新しい社会と女性』国本伊代:編、新評論 2000/03
3. {{『日本女性運動資料集成 第1巻』 

 p.681~の「婦人参政同盟略史」}}

4. Template:『日本女性運動資料集成 第1巻~第10巻』(鈴木裕子編・解説 不二出版 1993~1998【EF77-E58】)第1巻p.634~635 
5. Template:『日本婦人問題資料集成 第10巻』(ドメス出版 1980 500p【EF72-115】)
6. {{『現代婦人運動史年表』(三井礼子[等]編 三一書房 1974 260p 【EF77-18】}}  
7. Template:『新聞集成 大正編年史 大正12年度版 中』(明治大正昭和新聞研究会 1985 1101p 【GB461-16】)1923年(大正12年)5月14日東京日日新聞                          
8. {{『婦女新聞』(不二出版 複製版 原本の出版者:婦女新聞社 【Z99-632】) 

 1923年(大正12年)5月20日発行 「職業婦人団の連盟計画}}

9. {{『女性同盟』(ドメス出版(複製版) 原本の出版者:新婦人協会 【Z6-2056】) 

 別冊(解説、総目次)3-1「東京連合婦人会の活動」}}

10. Template:『昭和女子大学七十年史』(昭和女子大学七十年史編集委員会編 昭和女子大学1990【FB22-E583】)p.43
11. Template:『現代婦人運動史年表』p.174
12. Template:『日本女性運動資料集成 第1巻』p.469~470

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月7日 (土) 22:35 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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