孺子嬰
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| 孺子嬰 | ||
|---|---|---|
| 前漢 | ||
| 14代皇帝 | ||
| 王朝 | 前漢 | |
| 在位期間 | 6年 - 8年 | |
| 都城 | 長安 | |
| 姓・諱 | 劉嬰 | |
| 生年 | 5年 | |
| 没年 | 25年 | |
| 父 | 広戚侯・劉顕 | |
| 年号 | 居摂(6年 - 8年) | |
孺子嬰(じゅしえい)は前漢最後の皇太子。彼は前漢最後の皇帝と称されることがあるが、前漢では皇太子の座にとどめられ、帝位には昇らなかった。新末後漢初の内乱時代に一時的に皇帝に擁立される。
[編集] 略伝
宣帝の玄孫に当たり、曾祖父は楚孝王・劉囂(宣帝の末子)、祖父は広戚煬侯の劉勲、父は広戚侯の劉顕である。
平帝が王莽により毒殺されると、王莽により3歳にして皇太子に擁立された。成人後に即位することが予定され、劉嬰は「孺子(じゅし)=子供」と称し、王莽が「仮皇帝(摂皇帝)」として摂政に当たった。王莽は居摂3年(8年)に高祖の霊により禅譲されたとして皇帝として即位すると、劉嬰を「定安侯」に封じた。
更始3年(25年)、方望と弓林が更始帝の先行きを危しと見て、数千人を率いて挙兵し、安定郡臨涇(りんけい、現甘粛省鎮原県)にて皇帝に擁立された。しかし更始帝の将軍李松らに攻められ22歳で戦死した。
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