宅八郎
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宅 八郎(たく はちろう、1962年8月19日- )は静岡県浜松市出身の元おたく評論家である。宅八郎の名はたこ八郎をもじったものである。本名は矢野守啓(やの もりひろ)。浜松南高校卒業。法政大学社会学部卒業。
2007年4月22日投票の渋谷区長選挙に立候補し、落選した(最下位)。
現在はホストかつアドバタイジング・ディレクター、また、ミュージシャン、DJとしての顔ももつ(ただ、いずれも自称)。2008年現在、「宅八郎の直アド100%」なる出会い系のイメージキャラクターを務めている。
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[編集] 人物
もともと漫画少年で、手塚治虫に握手してもらったことがある。「漫画研究会」に所属した大学時代はスーツ姿にバルタン星人の着ぐるみをかぶって就職活動をおこないマスコミの注目を集め、ニュースにも取り上げられた。
テレビCMの製作会社に就職し蚊取線香のコマーシャルに出演したが対人関係の問題から辞職に追い込まれ、フリーライターとなる。「プチセブン」にも寄稿していた。
1983年から、ライターとしての活動をスタートする。この頃には中森明夫、野々村文宏、田口賢司の「新人類三人組」に続く「新・新人類」というキャッチコピーを石丸元章、菅付雅信との3人でつけられかける。
1989年に起こった東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の容疑者宮﨑勤の逮捕によっておたくという概念がクローズアップされる中、日本独特のおたく文化というものの発生に衝撃を受け1990年2月におたく評論家としてデビュー。森高千里のフィギュアとマジックハンドに紙袋を持つという姿で『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』などのメディアに出演し、お茶の間に強烈な印象を与えた。
「噂の眞相」は『断筆宣言』を発表して連載を降りた筒井康隆に代わって田中康夫に連載執筆を依頼したところ、宅の連載が一時休載することになった。宅の弁によれば「自分が攻撃/批判している人物との同一媒体への寄稿を控えたいという意志を通せなくなるために編集部との話し合いがこじれて休載になった」という。宅と田中が揉めたため、その後安部譲二の仲介もあって一度は和解したものの両者の間で板ばさみ状態になった編集長の岡留安則は胃潰瘍になった。
「噂の眞相」の連載を打ち切られるが、代わって扶桑社の「SPA!」に迎えられ新連載を開始した。
1995年に地下鉄サリン事件が起こるとオウム真理教の扱いを巡って性急な犯人視報道を批判したため、「SPA!」に連載していた小林よしのり(小林はオウムを厳しく批判し、実際にポアの対象とされていた)に批判されるようになった。連載陣の松沢呉一、鈴木邦男も宅に近い見解を持っていたため小林は編集部と彼らが同調していると主張。宅は小林との公開討論を要求したが、小林は自身の連載の持つ影響力から論争を通じての売名行為だとして応じず、ついに連載を引き揚げるに至った。宅は看板連載をもつ小林に配慮した扶桑社によって小林批判の自粛を求められたとされるが、1996年に切通理作を批判する中で切通自宅の電話番号を数度にわたり読者にわかるような形で公表したため、社会通念に従い、連載は打ち切られ当時の編集長は解任された。宅は背後に小林の圧力があったと主張しているが小林自身は切通と面識があったため、常識的に編集部への抗議の意を伝えたものとされる(宅側の主張としての詳細は、ロフトブックス編『教科書が教えない小林よしのり』参照)。「SPA!」連載は長く休止状態が続いたが1998年に再開即最終回という形で1回限りで掲載され、完全に終わった。
2004年3月から歌舞伎町のホストクラブ「club G」でホストとして勤務。その仕事ぶりが、テレビ番組『メレンゲの気持ち』『オオカミ少年』などで紹介されたことがある。現在も同店に在籍しているものの、2006年2月より自由出勤(予約指名があったときだけ出勤)という勤務形態となっている。本人曰く、仕事上酒を大量に飲むことが多くなりそれで体調に異変が生じたとのことらしい。また『オオカミ少年』に出演した際、「デビュー当時より、体重が10kg増加した」と語っている。
2006年4月に明日のスターを応援するピュアライムの学院長に就任する。2006年6月から「うにプロジェクト」のアドバタイジング・ディレクターとして活動、アキバ系撮影会やイベントに携わる。同時に、宅八郎プロデュース「COS de Live コスドライブ等身大(vol.1)」を開催。
近年「ハチロック」というロックバンドを結成して音楽活動を展開している。宅はボーカル、作詞、作曲担当である。また「メカヤクザ」名義でDJとしての活動も行っている。
現在、都内の下町近辺に在住。タレントデビュー時に彼のシンボルであった「マジックハンド」は健在。
[編集] エピソード
- 西村知美と西村個人に関するTVクイズで対決し、完全勝利したことがある。
- 岡留は「噂の眞相」後期、特に「噂眞」休刊後は徹底して宅をこき下ろし続けた。ただし宅が「SPA!」休載に追い込まれたとき、宅の反論原稿を掲載したのも「噂眞」だった(ただし、宅も後に「BUBKA」(ブブカ)の連載等で岡留を批判している)。ちなみに宅と岡留は法政大学のOBで、同じ学部で同じ中野収ゼミの先輩後輩でもある。
- 学生時代には本名や本名の変名で雑誌に連載を持っていたことがあるが当時の宅は現在のような風貌ではなく短髪で眼鏡もかけていなかった。また後のイメージと異なる社会学の権威である中野収の指導を受けた事もあり当初は広告会社を就職希望先にいれていたという。
[編集] 渋谷区長選挙に出馬
2007年4月15日告示、22日投票の渋谷区長選挙に宅は出馬の届け出をした。出馬表明をしたのは告示日前日の14日という電撃出馬だった。宅の出馬は一般紙・スポーツ紙で大きく報じられ、抱負を「渋谷を『萌える街』にしたい」と語った。他に出馬を届け出たのは現職の桑原敏武、自由民主党所属で区議6年、都議19年務めた矢部一、渋谷区役所に30年以上勤務した前リサイクル清掃部長で民主党・日本共産党の区議団や一部無所属の区議が推すさかい正市など。市民団体「オンブズマン渋谷行革110番」が宅を公認した。
宅の選挙特設サイトでは、決意表明や「19の改革宣言」から成る宅のマニフェストが掲載されている。宅は15日12時30分、渋谷駅ハチ公前で大挙した取材陣を前にメイド姿のコスプレに身を包んだボランティアのギャル3人をひきつれ第一声を行った。演説で宅は「渋谷は秋葉原に負けている。メイド喫茶を増やし、アキバよりおしゃれな『渋谷系オタク』を確立する」と述べ、「渋谷の萌えタウン化」を公約した。
メイド姿のコスプレに身を包んだ複数の女性が選挙ボランティアとして手伝うなど、「萌え」をスローガンにした独自の選挙運動を行った。宅の運動は記者が同行取材することが多く、第一声や最終日の演説などは日刊スポーツなど複数のスポーツ紙で大きく扱われた。
選挙戦最終日には夕方から、フィナーレを飾るイベントとして「きよたまらんど in 渋谷」をハチ公前にて開催した。「宅八郎」の文字が大書された選挙カーをハチ公広場前につけ、歩道に木の箱を置き壇上にした。テレビ局のカメラがかけつけ新聞紙の記者がカメラをかまえるなど、報道陣で辺りはごった返した。聴衆が500人ほど足をとめる中、宅がプロデュースしている歌手・井万里きよあがアイドル風のドレスに身を包んで登場し「好きになっちゃいました」などの持ち歌を数曲披露した。その後、宅が登場して数分間、演説した。そして角川春樹の娘で元アイドルの鬼畜ライター・Kei-Teeが友人を代表して、「宅さんとは鬼畜仲間です。鬼畜にやさしい町づくりをしてくれる宅さんをよろしくお願いします」と応援演説した。その後、「共生新党」の党首を務める建築家の黒川紀章がベンツのオープンカーに乗って登場した。「世界に通用している文化は私の建築と宮崎(駿)のアニメ、宅さんのオタクの3つ。世界が注目している『萌え文化』『おたく文化』のシンボルとして彼がいる」という演説をしたとされる。
なお、宅は投票日前夜の4月21日夜に大阪のクラブイベントでDJをする事になっていた。これは数ヶ月前に予約がされており、宅の選挙出馬以前に決定していた。この事に対し宅は大阪でのDJをキャンセルせず21日の選挙演説期限ギリギリまで選挙活動を行い、その後、新幹線で大阪に向かい徹夜でDJを行って、翌朝、東京に戻っている。この様子の一部はテレビで放送された。
投票は22日に行われ即日開票された。結果は一期目の桑原敏武・区長が2万7044票(41.1%)を獲得して再選、矢部一が2万0729票(31.5%)、坂井正市が1万2424票(18.9%)、宅八郎が5605票(8.5%)獲得した。
供託金没収ラインの10%をわずかに下回る得票数で、100万円は区に没収となった。宅は日刊スポーツのインタビューで「正直これほど票を入れていただき、ありがたい。こういう機会が与えられることがあれば、チャレンジしたい」と語った。
[編集] 兵庫県警による書類送検
2009年3月、音楽評論家の四方宏明に、ソーシャルネットワークサイト(SNS)mixiにおいて殺害をほのめかす書き込みを行い、同年10月23日に兵庫県警東灘署に書類送検される[1]。
[編集] 著書
- イカす!おたく天国 太田出版、1992年 ISBN 4872330374
- 処刑宣告 太田出版、1995年 ISBN 4872332040
- 教科書が教えない小林よしのり ISBN 4795200696
- オウム大論争 ISBN 4846300838
- マンガ狂い咲き ISBN 4877341633
- 隣のサイコさん ISBN 4796692819
[編集] 脚注
- ^ "評論家の宅八郎氏を書類送検 ミクシィに殺害予告容疑". デイリースポーツ (2009-10-23). 2009年10月23日 閲覧。
[編集] 関連項目
- 森高千里
- 田中康夫 - 政治的考えの違いから宅が公衆の場で突撃公開質問を行った。
- 小林よしのり
- 小峯隆生
- 中森明夫
- 切通理作
- 横森理香
- サンデージャポン
- ビートたけしのお笑いウルトラクイズ
- とんねるずの生でダラダラいかせて!!
- 七人のおたく - 取材協力としてクレジットされている。
- 探偵ファイル - 2005年3~6月まで、記者として記事を執筆。
- 噂の眞相 - 1992年から1994年まで『業界恐怖新聞』を連載していた。タイトルは『恐怖新聞』から。
- 太田出版 - 『イカす!おたく天国』等、同社から著書を幾つか発売した。
- 新宿ロフトプラスワン - 新宿区・歌舞伎町にあるトーク居酒屋。宅はここで何度かイベントを開催した。


