宇梶剛士

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うかじ たかし
宇梶剛士
生年月日 1962年8月15日(47歳)
出生地 東京都国立市
民族 アイヌ民族
職業 タレント俳優
家族 宇梶静江(母)、浦川治造(叔父)
主な作品
新選組!

宇梶 剛士(うかじ たかし、1962年8月15日 - )は、日本のアイヌ民族系の俳優タレント東京都国立市出身、小学校時は広島県安芸郡府中町居住。血液型はB型。身長190cm。株式会社アァベェベェ所属。

目次

[編集] 経歴

  • 少年時代、拓殖大学第一高等学校では野球部に所属し、大柄だったこともあり「将来の有望選手」としてプロ球団のスカウトが宇梶を見に何回か足を運びに来たほどの実力であった。だが、その高校時代に友人達と暴力事件を起こし逮捕され、少年鑑別所に収監。出所後に高校を中退。更生できず、さらに暴走族に加わり、当時日本最大組織とされたブラックエンペラーで総長(7代目)となった(この時代に得た一生の友のことを、バラエティ番組やトーク番組でしばしば熱く語っている)。そして暴走族同士の抗争で再び逮捕。家庭裁判所へ送致され、少年院へ収容。
  • 少年院での生活において改心し、高校復学のための勉強に励み、その後明治大学付属中野高等学校定時制を卒業した。少年院時代に読んだチャップリンの伝記が、俳優を志したきっかけの一つだという。
  • 錦野旦の付き人を経て、菅原文太に見込まれ電話一本で引き取られ、文太の付き人となった。今でも文太をオヤジと呼んでいる。美輪明宏に見い出され、初舞台(寺山修司作・『青森県のせむし男』)を踏む。
  • 若い頃はスリムで美男であったが、長く無名で下積みの時代が続く。売れない時期は、芸能以外の仕事をして食いつないだり、もっぱら映画を鑑賞して過ごした。当時鑑賞した作品が現在の芸能活動の糧になっていると自認している。
  • フジテレビ系ドラマ『ひとつ屋根の下2』で知名度が上昇する。
  • 2007年、金井良信・平野貴大らと劇団PATHOS PACKを結成。
  • 同年3月岩手県に本拠地を置く野球クラブチーム、岩手21赤べこ野球軍団の総監督に就任した。都市対抗の岩手県予選準決勝では、投手として5回表の1イニングのみ登板し、四球・右飛・四球・三振・捕飛で見事におさえた。現在は福岡レッドワーブラーズのイベントに度々参加している。また、監督である森山良二と親交がある。
  • プロ野球は子供のころから大の中日ドラゴンズのファン。パリーグでは埼玉西武ライオンズファンである。

[編集] 人物

  • 出生時は体重5000gで都の赤ちゃんコンテストで入賞している。
  • 関東最大の暴走族ブラックエンペラーの7代目総長であったため、タレントのヒロミは共演した際「僕らがガキだった頃、とんでもなく有名だった人」とコメントした。
  • 母親の宇梶静江アイヌ詩人・古布絵作家で、民族解放の運動家でもある。この事情から母は家庭不在のことが多く、青年期まで確執があったことや、高校での部活や学校の実態に対する反発が不良になった原因であると著書やメディアで自ら述べている。関東ウタリ会元会長の浦川治造は叔父に当たる。
  • これらの生い立ちとアイヌとの関わりが深いことから、北海道白老郡白老町にあるアイヌ民族博物館内でのアイヌ文化の紹介VTRに進行役として出演している。
  • 俳優としての仕事以外には、声優として菅原文太と共にカートゥーンネットワークの海外アニメ『サムライジャック』の主人公「ジャック」の吹き替えを担当した。またバラエティ番組BS朝日の『クイズ!人生ゲーム』では司会にも挑戦した。
  • 不良から立ち直ったという体験から、『ジェネジャン』パネラーとしては準レギュラーとも言えるほど頻繁に出演。講演活動なども積極的に行っている。
  • 好きなお笑い芸人は江頭2:50。宇梶の携帯の待ち受け画面も江頭である。
  • 1日に何か1つは甘い物を食べないと落ち着かないと公言する程の甘党である。特にチョコレートあんこが好き。
  • 国立市の有名飲食店「すた丼屋」(スタミナ丼の略)(現:「伝説のすた丼屋」、会社名:株式会社アントワークス)は、開店当初からの馴染み。暴走族の集会(抗争との説も)の為にすた丼の弁当を1000人前頼んだことがある。

[編集] 出演

[編集] テレビ番組

[編集] ドラマ

[編集] アニメ

[編集] その他

[編集] 映画

[編集] オリジナルビデオ

[編集] CM

[編集] その他

[編集] 著書

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月20日 (金) 06:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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