宇都宮健児
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宇都宮 健児(うつのみや けんじ、1946年12月1日 - )は愛媛県出身の日本の弁護士。
日弁連消費者問題対策委員会委員長、東京弁護士会副会長などを歴任、全国ヤミ金融対策会議代表幹事など数多くの要職にある。
また、反貧困ネットワーク代表として貧困問題にも取り組んでいる。
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[編集] 経歴
1946年、愛媛県東宇和郡高山村(現西予市明浜町)に傷痍軍人の長男として生まれる。故郷の田之浜浦は江戸前期に開発された半農半漁の地だった。
1959年:熊本県に住む母方の叔父の元に預けられる。中学、高校、大学と卓球部で活躍。
1965年:熊本高校卒。東京大学合格、学資を稼ぐため1年間入学猶予。
1966年:東京大学入学。駒場寮で暮らす中、さまざまな社会問題に触れる。
1971年:弁護士登録(東京弁護士会)。岡安法律事務所に入所。
1979年:佐藤法律事務所に入所。
1983年:宇都宮健児法律事務所(現在の東京市民法律事務所)を開設。
[編集] 人物
大分県に入植した当初は家族とともに電気もない土地を開墾する日々を送った。勉強、スポーツともに秀でた能力を示したため、親類とも話し合い中学からは文武両道において教育熱心なことで知られた熊本県に移り住む。親を楽にさせたいという思いからプロ野球選手を志したが体格的な問題から中学1年時に断念し、勉学に打ち込み東京大学に合格。経済的な理由から入寮した駒場寮では当時学生運動が盛んで、寮生らと議論を重ねる中で弁護士を志すようになった。
大学在学中に司法試験に合格。当初は生来の生真面目な性格からかなかなか顧客開拓が思うようにいかず、独立もままならない中で簿記学校の講師をしながら生計を立てた。1970年代後半に入り当時ほとんど顧みられることのなかった多重債務者の弁護を引き受けたことで弁護士としての活路を見出す。現行の消費者金融に関する訴訟実務の大半は宇都宮が独力で整備したという。しかし依頼者が急増し当時勤務していた事務所から「サラ金問題をやるなら事務所を辞めてくれ」と言われ独立。以降豊田商事事件、地下鉄サリン事件(オウム真理教幹部に殺害された坂本堤弁護士の妻は宇都宮の事務所で働いていたことがあった)、オレンジ共済事件、KKC事件、日栄事件、全国八葉物流事件、五菱会闇金融事件、商工ファンド事件などを手がけ、消費者金融・闇金融被害者のための弁護活動に重点的に取り組んでいる。
また「反貧困ネットワーク」代表・「年越し派遣村」名誉村長を務めるなど、ワーキングプア・格差社会・貧困問題に関心を持つ。
[編集] 著書
- 『サラ金地獄からの脱出法』
- 『イラスト六法 わかりやすい自己破産』
- 『個人再生手続の基礎知識』
- 『消費者金融―実態と救済』
- 『多重債務被害救済の実務』
- 『もうガマンできない!広がる貧困―人間らしい生活の再生を求めて』
- 『自己破産と借金整理法―悪質取立ての対抗法から各種手続まで』
- 『大丈夫、人生はやり直せる サラ金・ヤミ金・貧困との闘い』
- 『弁護士、闘う 宇都宮健児の事件帖』など多数。
ほかに映画『夜逃げ屋本舗』を監修、宮部みゆき『火車』に登場する弁護士のモデルにもなっている。
[編集] メディア
- テレビ
- Web
最終更新 2009年10月16日 (金) 16:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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