安東市

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安東市
位置
Image:Map Andong-si.png
各種表記
ハングル 안동시
韓国における漢字 安東市
片仮名転写: アンドン=シ
ローマ字転写 Andong-si
情報
国: 大韓民国
面積: 1,520.91km2
総人口: 167,678人(2008年9月)
上位自治体: 慶尚北道
下位行政区画: 1邑13面10洞
行政区域分類コード:
安東市の木: チョウセンレンギョウ
安東市の花: ウメ
安東市の鳥: カササギ
自治体公式サイト: 安東市

安東市(アンドンし)は大韓民国慶尚北道の中部にある市である。

朝鮮王朝時代を代表する儒学者・李退渓の故郷であり、儒教的伝統の中心であった。河回村は往時の農村の生活様式を残す観光地である。安東市は「韓国精神文化の首都」をキャッチコピーに使っている。

目次

[編集] 地理

洛東江上流の安東盆地に所在する。

北に栄州市奉化郡、東に英陽郡青松郡、南に義城郡、西に醴泉郡と境を接する。大韓民国で面積が一番広い市である。

[編集] 歴史

月映橋

古代には昌寧国などの国があり、三国時代には新羅に吸収されて古昌郡が置かれた。この地の豪族の金宣平(安東金氏の祖)らは高麗建国に功績があり、高麗時代には安東府に昇格した。吉州などに名称を変えたのち、1012年に再び安東府となり、高麗の後期には都護府や大都護府が置かれて行政の中心となった。

朝鮮王朝時代には安東府への昇格・安東県への降格を幾度か繰り返した。朝鮮王朝時代の中期には、李退渓がこの地で生まれた。退渓は陶山書院を拠点に教育を行い、嶺南学派を形成した。

1895年、行政制度の近代化に伴い、従来の安東府が安東郡となるとともに、広域行政区画である安東府(観察府)が置かれた(二十三府制)。翌1896年、観察府は廃されて慶尚北道十三道制)に所属した。1914年には礼安郡を編入した。

安東郡の中心部の安東面は、1931年にに昇格。大韓民国成立後の1963年に市に昇格して郡から離脱した。1995年、安東市と安東郡が合併した(都農複合形態市)。

  • 1931年4月1日 - 安東面が安東邑に昇格
  • 1963年1月1日 - 安東邑が安東市に昇格。郡から分離
  • 1973年7月1日 - 豊山(プンサン)面が豊山邑に昇格
  • 1974年7月1日 - 安東ダム建設に伴って月谷(ウォルゴク)面を廃止
  • 1995年1月1日 - 安東郡を統合。

[編集] 交通

[編集] 鉄道

[編集] 高速道路

  • 中央高速道路
    • 南安東インターチェンジ - 安東サービスエリア - 安東インターチェンジ

[編集] 教育

[編集] 大学

  • 安東大学校
  • 安東科学大学
  • 建東大学校
  • カトリック上智大学

[編集] 文化・観光

河回マウル

[編集] 姉妹都市・友好都市

韓国国内

韓国国外

[編集] 出身者

  • 李陸史 - 詩人、1904年安東郡陶山面生まれ
  • 權伍喜 - テニス選手
  • 立原正秋 - 作家、1926年安東郡西後面生まれ

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年11月5日 (木) 21:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【安東市】変更履歴

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