損害保険ジャパン

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株式会社損害保険ジャパン
Sompo Japan Insurance Inc.
種類 株式会社
市場情報
東証1部 8755 1949年5月16日上場
大証1部 8755 1949年5月14日上場
名証1部 8755
福証 8755
札証 8755
略称 損保ジャパン
本社所在地 日本
〒160-8338
東京都新宿区西新宿一丁目26番1号
損保ジャパン本社ビル
電話番号 03-3349-3111(代表)
設立 1944年(昭和19年)2月12日
(安田火災海上保険株式会社)
業種 保険業
金融機関コード 9871
事業内容 損害保険事業
生命保険事業
代表者 佐藤 正敏(取締役社長)
資本金 700億円
売上高 連結:1兆8,941億21百万円
単独:1兆3,450億24百万円
(2008年3月期)
総資産 連結:6兆4,507億34百万円
単独:5兆3,885億67百万円
(2008年3月31日現在)
従業員数 連結:18,118人 単独:16,095人
(2008年3月31日現在)
主要株主 日本トラスティ・サービス信託銀行(株)(信託口) 5.68%
日本マスタートラスト信託銀行(株)(信託口) 5.65%
ステート・ストリート・バンク&トラスト 5.22%
(2008年3月31日現在)
主要子会社 損保ジャパンひまわり生命保険(株) 100%
損保ジャパン・ディー・アイ・ワイ生命保険(株) 100%
外部リンク www.sompo-japan.co.jp
特記事項:創業 1888年10月
  
損保ジャパン本社(東京・新宿)

株式会社損害保険ジャパン(そんがいほけんジャパン、Sompo Japan Insurance Inc.)は、東京都新宿区西新宿に本社を置く、日本損害保険会社である。略称「損保ジャパン」。

目次

[編集] 概要

2002年、安田火災海上保険と日産火災海上保険が合併して発足した。発足5ヶ月後に経営再建中だった大成火災海上保険を合併している。

安田火災は旧富士銀行を中心とした芙蓉グループに、日産火災は旧第一勧業銀行を中心とした第一勧銀グループに属しており、このため富士銀行・第一勧業銀行・日本興業銀行が合併して発足したみずほフィナンシャルグループと親密な関係にある。同じくみずほと親密な第一生命保険とも業務提携を結んでいる。

1968年以降、みずほフィナンシャルグループ明治安田生命保険、第一生命と共同で国内の小学校に入学する新1年生を対象に、交通安全のための「黄色いワッペン」を配布している。

また、業界二位だった旧安田火災時代より、業界首位の東京海上日動火災保険(旧・東京海上火災保険)に対する対抗心が強力なことで有名である。損保ジャパンの保険料収入は、2007年決算において、単体で1兆3627億、連結決算で1兆3866億円であり、急追してきた三井住友海上火災保険の保険料収入は、同年決算において、単体で1兆3250億、連結決算で1兆4928億円と、近年激しい二位争いを繰り広げていた。三井住友海上グループホールディングスが、業界4位のあいおい損害保険、6位のニッセイ同和損害保険との経営統合を発表したため、実現すれば単独で業界3位となる。

2010年4月に、日本興亜損害保険とともに、持株会社・NKSJホールディングスを設立して、経営統合することが発表されている。しかし、日本興亜損害保険の元会長らが経営統合に反対しており、筆頭株主となっているサウスイースタン・アセット・マネジメント等の動静とも絡み、統合実現を不安視する声もある。経営統合後も、独自ブランドで展開していく予定である。

1987年に、損保ジャパンの前身である当時の安田火災海上保険が、約53億円でゴッホの「ひまわり」を落札した(詳細は後述)。

「損保ジャパンのノルマの厳しさは業界内でも有名[1]」であり、「収益拡大にひた走った強引な手法[2]」により、2006年に金融庁から「業務運営が営業偏重となっている」と指摘された[3]

[編集] 不祥事

前述のような体質の結果、近年コンプライアンス意識の欠如に伴う不祥事が発覚している[4]

2005年9月27日、損保16社による保険金の不当な不払いが大量にあったことが発表され、同社もその中に含まれていた。同年11月25日、新たに加えられた10社を含めた26社中の1社として、金融庁から業務改善命令の行政処分を受けた[5]

2006年5月、保険金の不当な不払いをや違法な勧誘などを始めとした諸問題のため、全社2週間の業務停止命令(但し山口支店は検査時に顧客名義の印鑑を大量に廃棄して証拠隠滅していたことが発覚したため1ヶ月の営業停止)を受けるに至った[6]

具体的には

  1. 大量の保険金不払いが検査によって発覚し、顧客に支払うべき保険金を公平かつ適切に支払う社内体制が整えられていないことが露見した。
  2. 顧客の求めに応じて、保険会社自らが真正な保険証券とは異なった契約条件を記した偽の保険証券を作成する不正が行われていた。管理体制の不備によって会社はこの不正行為を長い間把握していなかっただけでなく、発覚後もなお適切な対応をしようとしなかった。
  3. 過大な営業ノルマを課したため、法令違反となることを知りつつ社員が自ら保険料支払っている事例が多数あった。さらに社長自身がノルマ達成を迫るメールを社内に大量送付していた。
  4. 顧客の名前の印鑑や印鑑をトレーシングペーパーに写したものを大量に保有し、それを不正に使用して無断で再契約書面の偽造を行ったり、顧客の意思を確認しないまま保険申込書や保険金請求書等に勝手に押印したりしていた事例があり、それが金融庁への大量の苦情を生んでいたにも関わらず、具体的な対策をとらなかったこと

など、不正は保険の「募集」「引き受け」「支払い」「監査」等ほぼ全業務に及んだ。

平野浩志前社長は、最終的には辞職に追い込まれたが、ノルマ達成を社員に迫るメールを自分の名前で発信するなどの事実があったにもかかわらず、当初は自らは事件とは無関係として最後まで引責辞任を否定していた。また、辞任後も会長としてとどまり、社内に院政を布こうとしたことがマスコミから激しく批判され、結局会長職につくことはできず、関連企業も含めたすべての役職を辞すこととなった。しかし職員に500人以上の処分者を出しながら、社長以下役員は役員報酬の「自主返上」に留まり、ノルマによって職員を不正に追い込んだ当事者たちは、最後まで「公式な処分」で自らを律することはなかった。

この異例の厳罰について2006年5月26日付け読売新聞によると、金融庁幹部は「保険金を払うのは保険会社の最も基本的な機能。当局が監視しているからではなく、会社が責任をもって経営管理体制を取るべきだ」とコメントし、悪質な違法行為が判明した後も、原因究明や対策などに取り組まない無責任な企業体質を特に問題視していることを強調したとされる。1ヶ月後の三井住友海上火災保険のケース[7]とともに問題となったが、三井住友海上は事後徹底して対策に取り組んだと金融庁に評され、規制をすべて解除されている。

その後、損保業界では新たに第三分野保険に関連する不当な不払いが発覚。同社は本件について2006年10月31日付けで調査結果を発表する。この時点で判明していたものは、件数で975件、金額で2億7000万円という結果であった[8]。これは東京海上日動火災保険の805件、日本興亜損害保険の833件などと比べても多い。

このように、次から次へと新たな不当不払い事案が明らかになり、問題の終息が感じられないことを重く見た金融庁が、2006年11月17日に損保各社に不払いの再々調査を指示。同社は2007年4月末までに調査が完了すると発表し、同年4月27日に調査結果を発表。これによると、新たに1万9009件金額にして約17億円の不払いが確認され、合計で4万8495件、金額にしておよそ33億8300万円の不払いとなった[9]

保険金不払い事案以外では、2006年12月10日に2×4工法の建築物に対する火災保険料を取りすぎていた問題が発覚している。

さらに2007年10月25日には、損保ジャパンを相手に保険金支払いを求めて提訴していた岡山市内の司法書士が、全額の支払いを命じた岡山地裁の判決に基づき、同社岡山支店に強制執行をかけたため、執行官によって支店の現金及び机と椅子約200組などを差し押さえられる椿事が発生した[10]」。生損保業界おいて、保険金不払いが原因で顧客から営業拠点に対する強制執行に発展した事態はかつて例がない。

証券化商品の保証保険等(CDO等)により、2009年3月期には1479億円の損失を計上し[11]、2009年5月には1280億円の劣後債を発行するに追い込まれた[12]。なお、2009年3月末時点で証券化商品の保証保険等のエクスポージャーは8275億円に上っている[11]

[編集] 本社ビル

西新宿の損保ジャパン本社ビルに本社をおく。旧安田火災の本社として淀橋浄水場跡地に1976年に建設されたもので、末広がりの外観から「スカートビル」とも、「パンタロンビル」とも呼ばれる。

詳しくは損保ジャパン本社ビルを参照。

[編集] 主力商品

  • Dr.ジャパン(医療保険)
  • ONE‐do(自動車保険・現在はONE-Step)
  • 新火災保険
  • 商賠繁盛(しょうばいはんじょう) - 中小企業向け賠償責任保険。戦略的主力商品と位置づけられ、業種ごとの特性に応じた総合補償と、売上高を基に簡単に契約手続きができる利便性に特徴がある。「商賠」の「賠」は「賠償責任保険」の「賠」であり、損保ジャパンがタマに発する駄洒落(だじゃれ)の一つ。

他に、旧・第一機罐保険以来の伝統として、国内唯一のボイラ保険を取り扱っており、工場や地域冷暖房などの大規模なボイラー需要者を対象に販売している。

[編集] テレビCM

イメージキャラクターとして2003年より女優タレント上戸彩を起用。パンダ着ぐるみを着せた「損保ジャパンダ!」として出演している(当初、上戸だとわかる人が少なかったためか、広告類には「上戸彩」と名前が書かれていた)。

2007年10月27日から新CMを開始。新CMキャラクターに新垣結衣を起用し、新CM楽曲にMr.Childrenいつでも微笑みをを採用。現在は企業CMに新垣、商品CMに上戸が併用されている。

[編集] CMソングに使用された楽曲

[編集] 沿革

  • 1887年7月 有限責任東京火災保険会社(東京火災)設立。
  • 1893年9月 帝国海上保険株式会社(帝国海上)設立。
  • 1908年8月 第一機関汽罐保険株式会社(第一機関汽罐)設立
  • 1911年5月 日本傷害保険株式会社(日産火災)設立
  • 1920年4月 大成火災海上保険株式会社(大成火災)設立。
  • 1930年11月 第一機関汽罐は第一機罐保険株式会社(第一機罐)に商号を変更。
  • 1941年11月 東京火災は太平火災海上保険株式会社を合併。
  • 1943年2月 東京火災は東洋火災保険株式会社を合併。
  • 1943年2月 帝国海上は第一火災海上保険株式会社を合併。
  • 1944年2月 東京火災、帝国海上、第一機罐の3社が合併し、安田火災海上保険株式会社(安田火災)を設立。
  • 2002年7月 安田火災と日産火災が合併して株式会社損害保険ジャパンが発足。
  • 2002年12月 会社更生法により再建手続き中であった大成火災を合併した。
  • 2006年5月 平野浩志社長(当時)が、保険金不払いに伴う行政処分の責任を追及され、引責辞任。

[編集] 母体各社

安田火災海上保険 
安田財閥に属した損害保険会社。長らく業界二位であり、旧安田系ではあるが、日動火災海上保険や安田生命保険との関係は深くはなかった。このため合併前に、損保部門に空きができた第一生命保険と相互補完を目的に提携し、同社損保子会社であった第一ライフ損害保険も日産火災との合併と同時に併合している。
日産火災海上保険 
日産コンツェルンに属した損害保険会社。日産春光グループ(日立・日産グループ)。日産自動車販売店には強いと言われたが、実際は安田火災が芙蓉グループ繋がりで相当食い込んでいた。勧銀十五社会に所属。
大成火災海上保険 
古河財閥に属した損害保険会社。戦前までは日本領土であった台湾の会社で、戦後日本で再出発を図った。古河グループ・古河三水会に所属。火消しをモチーフにしたマスコットキャラクター「たいちゃん」があった。合併直前に引当不足で債務超過に見舞われ、倒産。当初安田・日産・大成の3社合併だったのを2社合併に変更し、大成は再建中のところを再保険部門(大成再保険)を分割した上で後から合流する形になった。

[編集] 主要グループ会社

生命保険事業
  • 損保ジャパンひまわり生命保険株式会社
  • 損保ジャパンDIY生命保険株式会社
損害保険業
  • 日立キャピタル損害保険株式会社
  • セゾン自動車火災保険株式会社
確定拠出年金事業等
  • 損保ジャパンDC証券株式会社
投信・投資顧問事業
  • 損保ジャパン・アセットマネジメント株式会社
有価証券投資事業
  • 安田企業投資株式会社
その他金融関連事業
  • 株式会社損保ジャパン・クレジット
保険関連事業
  • 株式会社損保ジャパン調査サービス
  • 株式会社損保ジャパン企業保険サービス
  • 株式会社損保ジャパン・ハートフルライン
  • 株式会社ヘルスケア・フロンティア・ジャパン
  • 株式会社損保ジャパン・ヘルスケアサービス
  • 株式会社損保ジャパン・リスクマネジメント
  • 株式会社損保ジャパン代理店サポート
  • 株式会社損保ジャパン人財開発
事務代行・計算関連事業
  • 株式会社損保ジャパン情報サービス
  • 株式会社損保ジャパン・システムソリューション
総務関連事業
  • 株式会社損保ジャパン・ビルマネジメント
調査・研究事業
  • 株式会社損保ジャパン総合研究所
損害保険代理業/生命保険代理業
  • 株式会社インシュアランスマネジメントサービス
  • 大昌産業株式会社
  • 株式会社ジャパン保険サービス
  • 株式会社エリアサポートジャパンロイド
  • 株式会社エリアサポートジャパン302企画室
  • エリアサポートジャパン渡良瀬ホールディング株式会社
  • 株式会社さわやか保険プランニング
  • 株式会社ほけんの専門店
財団
  • 財団法人損保ジャパン美術財団
  • 財団法人損保ジャパン記念財団
  • 財団法人損保ジャパン環境財団

[編集] ゴッホ「ひまわり」について

1987年、安田火災(当時)が約58億円で購入し話題となった絵画「ひまわり

1987年3月30日、当時の安田火災が、イギリス・ロンドンで行われたクリスティーズ主催のオークションで目玉として出品されたゴッホの「ひまわり」を約53億円で落札した。落札されたゴッホの「ひまわり」は、同年7月20日に成田に到着した。貴重な絵画だけに、飛行機の便名や到着時刻などは秘密にされた。

そして、東郷青児美術館で、10月13日から一般に公開された。一般公開からたった半月で、入館者が3万5千人を突破。それまで東郷美術館の年間の入館者は、多い年で3万人だった。

絵画の価格が約53億円、オークション手数料、保険料なども合わせると約58億円かかったが、大金を使ったことに批判的な意見もあった[13]。まず、あまりにも高額だったので、「ひまわり」を前例に、絵画の国際価格が日本企業のせいで上がってしまったというような批判。そして、金あまり日本を世界にさらすようなものだという批判。さらに、保険会社としての経営に直接関係しない分野への巨額投資が、会社全体の評価に及ぼす影響を懸念する批判、などである。もっとも、この好景気の時代に美術品を高額で購入した日本人・日本企業は多数に上ったものの、それに引き続く景気後退期にそのほぼすべてが元の海外へ流出したのに比べ、この「ひまわり」は現在に至るまで当美術館にて変わらず展示されていることを考慮すれば、それら批判への応分の社会貢献は為されているともいえる。

ゴッホの「ひまわり」は、この世に7つある。ゴッホが同じような構図で描いたもので、わかりやすい大きな違いは、壷に活けてあるひまわりの数で、3本と12本、15本の3パターンがある。東郷美術館にあるのは、15本のひまわりバージョンで、大きさも一番大きく縦1メートル、横76センチメートルのもので、もっとも鮮やかな黄色のひまわりと言われている。

[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

[編集] テレビスポンサード番組

損保ジャパンになって以降は、フジテレビ系の番組を中心に提供している。

[編集] 過去

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月11日 (水) 13:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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