安芸乃島勝巳
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| 安芸乃島勝巳 | |
|---|---|
| 四股名 | 安芸乃島 勝巳 |
| 本名 | 山中 勝巳 |
| 愛称 | アキちゃん |
| 生年月日 | 1967年3月16日(42歳) |
| 出身 | 広島県豊田郡安芸津町 (現在の東広島市) |
| 身長 | 176cm |
| 体重 | 155kg |
| 所属部屋 | 藤島部屋→二子山部屋 |
| 得意技 | 左四つ、寄り |
| 成績 | |
| 現在の番付 | 引退 |
| 最高位 | 東関脇 |
| 生涯戦歴 | 822勝757敗78休(128場所) |
| 幕内戦歴 | 647勝640敗78休(91場所) |
| 優勝 | 十両1回、幕下1回、序二段1回 |
| 賞 | 殊勲賞7回 敢闘賞8回 技能賞4回 |
| データ | |
| 初土俵 | 1982年3月場所 |
| 入幕 | 1988年3月場所 |
| 引退 | 2003年5月場所 |
| 引退後 | 高田川部屋師匠 |
| 趣味 | 日本刀鑑賞 |
| 備考 | |
| 金星:16個 | |
| 2009年8月10日現在 | |
安芸乃島 勝巳(あきのしま かつみ、1967年3月16日 - )は、広島県豊田郡安芸津町(現在の東広島市)出身で二子山部屋(入門時は藤島部屋)所属の元大相撲力士。本名は山中勝巳(やまなか かつみ)。現役時代の体格は身長176cm、体重155kg。得意手は左四つ、寄り。最高位は東関脇。愛称は「アキちゃん」、趣味は日本刀鑑賞、血液型はA型、魚座。現在は年寄・高田川勝巳。
目次 |
[編集] 来歴
中学進学までは柔道をしていたが、力士になろうと志し、相撲を始め全国大会にも出場した。偶然にも広島に巡業に訪れていた大関・貴ノ花(11代二子山)に勧誘されたことがきっかけで卒業後に藤島部屋に入門した。
1987年(昭和62年)9月場所に十両昇進して藤島部屋初の関取となり、1988年(昭和63年)3月場所には弱冠20歳にして新入幕を果たした。入幕後は上位キラーとして知られる様になり、金星獲得は歴代最多の16個を数えるとともに対戦した横綱全てから金星を獲得した。初金星は1988年9月場所の大乃国からで、固太りで重心が重く左四つになると力を発揮した。反面、攻めが遅い部分があったため、速攻相撲が得意の相手に取りこぼすこともあり、特に琴錦を大の苦手とし、幕内対戦成績は安芸乃島の9勝39敗である。最後の対戦となった2000年(平成12年)3月場所では安芸乃島が勝ったが、その相撲で琴錦は右肘の故障を悪化させ翌日から休場、引退の原因となった。
1990年~1992年の間に横綱昇進がかかっていた小錦にめっぽう強く「小錦キラー」と呼ばれ、小錦の最大の壁として横綱昇進を阻止した。1994年(平成6年)9月場所から1995年(平成7年)3月場所までの4場所間は、10勝5敗を一度はさんで11勝3度の計43勝という好成績を残したものの、大関昇進はならなかった。追い込まれると強引な首投げに出るという悪い癖があり、特に琴錦戦でこの形で幕切れをするシーンが多く見受けられた。これで逆転するケースは少なく、彼の場合は投了の形と見られても仕方ないと言われるものがある。
三役陥落後も常に幕内中位で相撲を取り続けていたが、2003年(平成15年)5月場所14日目の取組に敗れ十両陥落が決定的になり現役を引退した(彼の引退により、昭和時代に幕内を経験した関取力士は1人もいなくなった)。
同様に「1度は優勝したい」と公言して、1992年(平成4年)3月場所は14日目を終えて12勝2敗と優勝争いをしたが、千秋楽には琴錦との割が組まれてこれに敗れて優勝を逃した。三賞19回、金星16個の各最多記録を保持しており、現役時代には「これだけあったら誰か賜杯1ツと取り替えてよ」と言っていた。最後の16個目の金星は武蔵丸からであるが、その金星は武蔵丸が新横綱の1999年(平成11年)7月場所だった。なお、朝青龍が横綱昇進した2003年(平成15年)3月場所以降は幕内下位に低迷し、結局朝青龍との対戦は実現しなかった。
現役引退後は年寄・藤島を襲名するとともに二子山部屋(後に貴乃花部屋)の部屋付親方として後進の指導に当たった。後に年寄名跡を藤島から千田川を変更したが、この頃から現役時代は弟弟子だった貴乃花親方と指導方針の違いから確執が表面化し、2004年(平成16年)10月27日付で高田川部屋に移籍した。このとき移籍許可書類への押印を貴乃花親方が拒否したため、病床に臥していた11代二子山親方に判を押してもらい事無きを得たが、事実上の破門となった。
高田川部屋に移籍してからは積極的に若手力士に稽古を付けるとともに、2009年(平成21年)8月5日には高田川と年寄名跡を交換する形で高田川部屋を継承した[1]。2009年9月5日には、東京都江東区清澄に部屋を新築・移転した。
[編集] エピソード
- 若い頃から「負けた力士に失礼だ」という理由で、勝利インタビューにはほとんど応じなかった。現役時代は寡黙な印象を与えてきた彼だが、引退してからは時に解説者として饒舌である。大相撲中継で解説者としても活躍しているが、その語り口はNHK大相撲中継の解説者の中でも随一の辛口解説者として有名である。
- 後に本人の告白によると、場所中に死にそうになったことがあるらしい。1995年5月場所、剣晃戦で右手の小指に裂傷を負い、治療後、抗生物質を飲んだところ、「抗生物質アレルギー」だったことから病院に救急車で運ばれた、というもの。(読売「大相撲」1999年3月号)
[編集] 主な成績
- 生涯成績:822勝756敗78休 勝率.521
- 通算出場回数:1575回
- 幕内成績:647勝640敗78休 勝率.503
- 幕内出場回数:1283回
- 幕内在位:91場所
- 三役在位:27場所(小結:15場所、関脇:12場所)
- 金星:16個(大乃国2個、千代の富士4個、北勝海4個、旭富士4個、曙1個、武蔵丸1個)(史上1位)
- 三賞:19回(史上1位)
- 殊勲賞:7回(1988年9月場所、1990年3月場所、1990年5月場所、1990年11月場所、1992年3月場所、1993年7月場所、1999年3月場所)
- 敢闘賞:8回(1988年7月場所、1989年3月場所、1990年7月場所、1991年5月場所、1992年3月場所、1995年1月場所、1995年3月場所、1999年9月場所)
- 技能賞:4回(1990年5月場所、1998年5月場所、1999年1月場所、1999年9月場所)
- 各段優勝:十両1回(1988年1月場所)、幕下1回(1987年5月場所)、序二段1回(1982年7月場所)
[編集] 改名歴
- 山中 勝巳(やまなか かつみ)1982年3月場所 - 1986年11月場所
- 安芸ノ島 勝巳(あきのしま -)1987年1月場所 - 1994年7月場所
- 安芸乃島 勝巴(あきのしま かつみ)1994年9月場所
- 安芸乃島 勝巳(- かつみ)1994年11月場所 - 2003年5月場所
[編集] 年寄変遷
- 藤島 勝巳(ふじしま かつみ)2003年5月 - 2004年5月
- 千田川 虎央(せんだがわ とらお)2004年5月 - 2009年7月
- 高田川 勝巳(たかだがわ かつみ)2009年8月 -
[編集] 関連項目
[編集] 出典
- ^ "元安芸乃島が高田川部屋継承=大相撲". 時事通信 (2009-08-05). 2009年8月5日 閲覧。
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年10月2日 (金) 02:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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