安蘇郡
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ファイル:Map tochigi aso district.PNG 令制国一覧 > 東山道 > 下野国 > 安蘇郡
安蘇郡(あそぐん)は、栃木県(下野国)にあった郡。 2005年2月28日、構成する町の合併により消滅した。範囲は、現在の佐野市と群馬県桐生市の一部。
消滅直前の時点で、以下の2町を含んでいた。面積271.70km²、人口40,718人(推計:2005年2月1日)
令制国時代の郡域としては、旧上都賀郡足尾町と粟野町の範囲まで広がっていたと見られる。
目次 |
[編集] 沿革
安蘇郡は古く毛野国に属したが、これが二つに区分された上つ毛野(上野国)と下つ毛野(下野国)については、あいまいな部分がある。 例えば万葉集の次の3首は、安蘇郡で詠まれたと見られる。
- 3404「可美都氣努 安蘇能麻素武良 可伎武太伎 奴礼杼安加奴乎 安杼加安我世牟」
- 3425「志母都家努 安素乃河泊良欲 伊之布麻受 蘇良由登伎奴与 奈我己許呂能礼」
- 3434「可美都家野 安蘇夜麻都豆良 野乎比呂美 波比尓思物能乎 安是加多延世武」
ここで、可美都氣努は上つ毛野、志母都家努は下つ毛野であり、両国に登場する理由として、渡良瀬川の氾濫により境界が変転した、両国に同名の地域があり現在の安蘇郡だけ後世に伝わった、単なる誤記、など諸説ある。
しかし、佐野が上つ毛野に含まれる歌
- 3420「可美都気努 佐野乃布奈波之 登里波奈之 於也波左久礼騰 和波左可流賀倍」
から、境界の変転とする説が有力となっている。
[編集] 古代~中世
- 782年(延暦元年)5月3日 続日本紀に「下野国安蘇郡主帳外正六位下若麻続部牛養」とある
- 8世紀後半 上記の通り、万葉集の東歌に登場する
- 930年 和名類聚抄に、下野国安蘇郡の郷として、安蘇、説多、意部、麻続があげられている
- 1688年 下野風土記に、「阿蘇河原並美加保乃関」とある
[編集] 近代
- 1878年 郡区町村編制法により、旧国郡の安蘇郡が行政単位となる
- 1889年4月1日 町村制施行に伴い、佐野町・犬伏町・堀米町・葛生町・田沼町の5町と、界村・植野村・旗川村・赤見村・新合村・三好村・常盤村・飛駒村・野上村・氷室村の10村が置かれる。(5町10村)
- 1891年11月7日 赤見村の小中が旗川村に編入。
- 1943年4月1日 佐野町・堀米町・犬伏町・植野村・界村・旗川村が合併し佐野市が発足、郡より離脱。(2町7村)
- 1948年4月1日 赤見村が町制施行し赤見町となる。(3町6村)
- 1954年3月31日 田沼町・三好村・野上村が合併し、田沼町が発足。(3町4村)
- 1955年1月8日 葛生町・常盤村・氷室村が合併し、葛生町が発足。(3町2村)
- 1955年3月31日 赤見町が佐野市に編入。(2町2村)
- 1956年9月30日 飛駒村・新合村が田沼町に編入。(2町)
- 1968年4月1日 田沼町飛駒の一部が群馬県桐生市に編入。
- 2005年2月28日 葛生町・田沼町が佐野市と合併し佐野市が発足したため、郡より離脱。同日安蘇郡消滅。
[編集] 郡内自治体変遷
| 明治22年4月1日 | 明治22年 - 昭和27年 | 昭和28年 - 平成17年 | 現在 |
|---|---|---|---|
| 佐野町 | 佐野市 | 佐野市 | 佐野市 |
| 犬伏町 | |||
| 堀米町 | |||
| 界村 | |||
| 植野村 | |||
| 旗川村 | |||
| 赤見村 | 赤見町 | ||
| 田沼町 | 田沼町 | 田沼町 | |
| 三好村 | |||
| 野上村 | |||
| 飛駒村 | 飛駒村 | ||
| 新合村 | 新合村 | ||
| 葛生町 | 葛生町 | 葛生町 | |
| 常盤村 | |||
| 氷室村 |
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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