安間貴義
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| 安間 貴義 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| カタカナ | アンマ タカヨシ | |
| ラテン文字 | AMMA Takayoshi | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1969年5月23日(40歳) | |
| 出身地 | 静岡県浜松市 | |
| 身長 | 172cm | |
| 体重 | 78kg | |
| 血液型 | O型 | |
| 選手情報 | ||
| ポジション | MF | |
| 監督歴 | ||
| 2002-2004 2008-現 在 |
Honda FC ヴァンフォーレ甲府 |
|
| ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||
安間 貴義(あんま たかよし、1969年5月23日 - )は、日本のサッカー選手、サッカー指導者。2008年よりJリーグ・ヴァンフォーレ甲府の監督。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] 現役・Honda監督時代
静岡県浜松市出身。出身校は浜松市立泉小学校・浜松市立高台中学校・静岡県立浜松商業高等学校・駒澤大学。現役時代は本田技研工業浜松工場サッカー部(後のHonda FC)でのポジションはMF。旧姓は大仲で、1998年より安間で登録されている。主にボランチとして活躍し、現役通算10年においてJFLベストイレブンに4回選出され、1999年にはJFLのMVPにも輝く。ある意味でミスターJFLだったといえよう。2001年に契約終了に伴い現役を引退。
2002年からはJFA 公認S級コーチライセンスを所持していなかった(JFLの場合、S級より1つ下のA級ライセンスを所有していれば監督として指揮をとることは可能のため、こちらを保有していた可能性は高い。詳しくは日本サッカー協会指導者ライセンスを参照。)にも関わらず、人間性を買われたことと将来公認S級コーチの取得を条件にHonda.F.C.監督に就任する。当時所属していた古橋達弥や宇留野純などの活躍もあり、その年にJFL優勝。2003年と2004年も2位と青年監督らしからぬ優秀な成績を収める。
[編集] 甲府時代
2005年より大木武監督に誘われ、ヴァンフォーレ甲府のコーチに就任。伸び悩んでいた長谷川太郎を育て、J2日本人得点王にさせるなど大木監督と共にJ1昇格の立役者となる。2007年よりヘッドコーチに昇格し、同時にJサテライトリーグ監督として指揮を執っていた。
2007年を最後に大木監督が退任することになり、次期監督として内部昇格の形で就任することが内定した。2008年1月にS級ライセンスを取得し、正式に監督に就任した。
Honda.F.C.を優勝に導いた手腕やコーチ時代に見せた人柄の良さ、キャンプ中の練習試合の成績が良かったことなどから当初は1年での昇格を期待されていたが、初勝利が第6戦のセレッソ大阪と完全に出遅れてしまい、その後も勝てない試合が続き昇格争いから大きく遅れをとってしまう。特に得点力不足は深刻な状況であり、シュート数を重ねても点が入らずに敗れるという状況にサポーターの不満が募り、第16節の愛媛FC戦で敗れると安間監督が直接ゴール裏へ出向き謝罪、さらに第17節のアウェーFC岐阜戦で引き分けに終わるとサポーター200人が現状把握と今後のビジョンを求めてゴール裏に居残る事態に発展した。
その後7月に加入したサーレスとマラニョンが活躍したことにより得点力不足は解消されたものの、サンフレッチェ広島を除く上位チームには相変わらず勝てない試合が続き、第42節のセレッソ大阪戦に敗れたことにより昇格の可能性が消え、Jリーグの監督1年目は安間にとって苦い結果となった。
[編集] 指導方針
指導方針は一貫しており、現役時代やHonda監督時代では守ってはカウンターの戦術だったが、勝つことはできるものの選手としてその戦術の中で戦ってきた不満から、甲府監督1年目では選手の成長と観客へのアピールを考える意味で攻撃サッカーを求めたため、片方のサイドだけでパスを回していく「クローズ」というスタイルを前監督から継承し、劣勢になると長身の羽地登志晃を中心とした「パワープレイ」を仕掛けることが多かった。しかし「クローズ」は高い技術力が必要であり、選手の能力不足でうまくいかなかったスタイルを続けたためこれが低迷の一因となってしまった。またパワープレイも元々得点能力があるとは言い難い羽地を中心にしたため効果が薄く、逆に守備が手薄になって失点が増えることが多かった。
甲府監督2年目はそれまでの「クローズ」や「パワープレイ」を捨てて「プレスディフェンス」主体のサッカーに切り替えている。
[編集] 所属クラブ
[編集] 現役時代
- 浜松市立泉小学校泉小学校
- 浜松市立高台中学校高台中学校
- 静岡県立浜松商業高等学校
- 駒澤大学
- 本田技研
[編集] 指導者時代
- 2005-2006年‐コーチ
- 2007年‐サテライト監督兼ヘッドコーチ
- 2008年‐監督
[編集] 監督成績
| 年度 | 所属 | クラブ | リーグ戦 | カップ戦 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 順位 | 試合 | 勝点 | 勝利 | 引分 | 敗戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | |||
| 2002 | JFL | Honda FC | 優勝 | 17 | 41 | 13 | 2 | 2 | - | 3回戦敗退 |
| 2003 | JFL | Honda FC | 2位 | 30 | 67 | 21 | 5 | 4 | - | 3回戦敗退 |
| 2004 | JFL | Honda FC | 2位 | 30 | 62 | 19 | 6 | 5 | - | 4回戦敗退 |
| 2008 | J2 | 甲府 | 7位 | 42 | 42 | 15 | 14 | 13 | - | 4回戦敗退 |
| 2009 | J2 | 甲府 | 位 | - | ||||||
| J2通算 | - | 42 | - | 15 | 14 | 13 | ||||
| JFL通算 | - | 77 | - | 53 | 13 | 11 | ||||
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年6月30日 (火) 12:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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