宏池会 (谷垣派)

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現宏池会会長
谷垣禎一

宏池会谷垣派(こうちかい・たにがきは)は、自由民主党の派閥。通称は、加藤派→旧加藤派→小里派→谷垣派。

2000年加藤の乱において、当時の宏池会会長・加藤紘一を支持したグループによる派閥である。

目次

[編集] 沿革

2000年の加藤の乱をうけて2001年宮澤喜一古賀誠ら反加藤グループは堀内光雄を代表とする宏池会(堀内派)を結成し、加藤派を離脱。加藤支持グループは、改めて加藤を代表とする宏池会(加藤派)として活動を始めるが、大半の議員が堀内派へと移ったため、第2派閥から第6派閥へと転落した。

2002年3月に加藤が秘書が逮捕される事件を受けて自由民主党を離党、派閥退会、議員辞職したため、小里貞利が旧加藤派会長代行を務め、その後、正式に小里派会長に就任した。2003年に加藤が衆院選で当選し、復会すると名誉会長に就任する。2005年8月、小里が政界引退を表明。

同年9月、小里派最高顧問だった加藤が派閥を離脱したため、会長に谷垣禎一を選出して谷垣派となった。少数派である分、結束力は強く、谷垣が2006年自由民主党総裁選挙に出馬する際も総裁候補派閥として一致結束して谷垣を支えた。

総裁選では最下位に終わったが、とりわけ国会議員票において想定以上の票を集めるなど、総裁選出馬には一定の意味があったとする見方が多い。総裁選後成立した安倍政権においては閣僚・党三役への登用はなく、外務大臣に留任した麻生太郎との処遇の差が際立つことになった(衆議院議院運営委員長に逢沢一郎が就任)。総裁選において安倍との対立軸を明確にしたことで、安倍政権とは明確に距離を置いている。与党が過半数割れした2007年7月の参院選後は、谷垣が安倍内閣の政治姿勢に繰り返し疑問を呈したほか、中谷元園田博之らが公然と退陣論を唱えるなど、批判の度合いを強めていった。

9月の安倍内閣退陣後の総裁選では谷垣自身の出馬が検討されたが、福田康夫が出馬を表明するといち早く派として支持を打ち出す。安倍政権で冷遇されたこともあり、安倍と近い関係もあり麻生擁立に反発する向きもあったため、谷垣派は福田支持で固まり、福田政権への流れを作った。

続く党役員人事で谷垣が政調会長となり、主流派に返り咲いた。

2008年5月13日古賀派に合流した。

[編集] 構成

[編集] 役員

2008年5月13日合流前

[編集] 所属衆議院議員

2008年5月13日合流前
谷垣禎一(9回、京都5区 川崎二郎(8回、三重1区 逢沢一郎(7回、岡山1区 園田博之(7回、熊本4区
中谷元(6回、高知2区 山本公一(5回、愛媛4区 遠藤利明(4回、山形1区 佐藤勉(4回、栃木4区
原田令嗣(2回、静岡2区 井沢京子(1回、比例近畿 小里泰弘(1回、鹿児島4区 土井真樹(1回、比例東海

(計12名)

[編集] 所属参議院議員

加納時男(2回、比例区) 岸宏一(2回、山形県 加治屋義人(2回、鹿児島県

(計3名)

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月14日 (土) 04:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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