宗谷岬
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座標: 北緯45度31分22秒 東経141度56分12秒 / 北緯45.52278度 東経141.93667度
ウオッちず Google Map 宗谷岬
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[編集] 概要
「岬」とは称するものの、単に海岸線がカーブしているだけであり、尖った地形ではない。一般人が行くことのできる範囲における日本最北端の地であるため、「日本最北端の地」と記された石碑が建てられており、この石碑を目指してやってくる観光客は数多い。 なお、日本政府が領有権を主張する範囲における最北端の地は、北方領土・択捉島にあるカモイワッカ岬であり、また、現在日本政府の実効支配が及ぶ日本最北端の地は、宗谷岬の西北西に位置する弁天島という岩礁である。
作詞・吉田弘、作曲・船村徹による曲「宗谷岬」で、この地が歌われている。1976年にNHK「みんなのうた」(番組内ではダ・カーポが歌った)で取り上げられ、広く知られるようになった。現地には歌碑があり、歌が流れるようになっている。
2004年10月には宗谷岬周辺の丘陵地帯、通称「宗谷丘陵」が北海道遺産に選定された。肉眼で確認できる周氷河地形というのは、全国的に見ても珍しい。この地形を利用した牧場があり、のんびりと放牧されている牛を見ながら丘陵地帯を通る道は、稚内から宗谷岬を目指す観光ルートの一部として定着している。
岬の東端にある宗谷港はタコの水揚げ量が全国第2位である。
地理上の特徴として付近には様々な日本最北端が存在する。
[編集] 主な見所
樺太(ロシア・サハリン州)の西能登呂岬(ロシア名:クリリオン岬))にわずか43kmと近いこともあり、晴れた日にはよく見える。
- 日本最北端の地の碑
- 日本最北端の地に建つ、北緯45度31分22秒を表す、高さ4.53メートルの碑。1988年まではもう少し南にあったが、駐車場建設のために海岸を埋め立てたために移設された。
- 祈りの塔
- 1983年9月1日に発生した大韓航空機撃墜事件の慰霊塔。事件2周忌の日に落成した。岬の裏の丘の上に建つ。塔の先端は事件の起きた樺太沖の海馬島を指している。
- 間宮林蔵像
- 以前はもっと稚内寄りの「間宮林蔵渡樺の地」にあったが、現最北端の碑ができたときに移設された。
- 平和の碑
- 第二次世界大戦中の1943年10月11日、宗谷海峡で5時間にわたり日本海軍とアメリカ海軍との交戦があり、多数の犠牲者が出た。この戦闘による犠牲者の慰霊と平和を祈念する碑が高台に建立されている。隣には旧日本軍が構築した見張り塔が残っている。
- 日本最北端の施設
- 岬のすぐ東にある大岬集落に集中して存在している。
[編集] その他
この宗谷岬では、名古屋のCBCテレビが制作したノブナガ「地名しりとり」(2001年1月~2004年10月)で、ペナルティのワッキーが3度来たことがある。1回目は本州最南端の串本から当地に、2回目は羅臼町湯の沢から当地に、3回目は愛媛県野村町から当地にそれぞれ飛ばされている。なかでも強烈であったのが「くじの川(和歌山県串本町)→稚内・大岬→喜界島(鹿児島県喜界町)」というパターンで、ほぼ日本の端々を飛ばされ、稚内市から喜界町までが最長距離(3106km)であった。
[編集] アクセス
[編集] 歌
[編集] 関連項目
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